【インタビュー】KENS 次世代イスラエルジャズを牽引する、岐阜出身ギタリスト率いる超絶トリオ

KENS - Contact 123

岐阜出身イスラエル系ギタリスト率いるトリオ、KENSがデビュー!

イスラエルの若手最注目ギタートリオ、ケンズ(KENS)のデビューアルバム『Contact 123』がリリースされた。

本作はイスラエル人の両親のもと日本・岐阜で生まれ育ったギタリストのリバーモア海(Kai Livermore)と、紅一点ベーシストのエリ・オル(Eli Orr)、そしてフルートを主体とした若手メタルバンドStorchiでの活躍でも知られるドラマーのノアム・アルベル(Noam Arbel)のトリオKENSを中心に、イスラエルを代表するトランペッターのセフィ・ジスリング(Sefi Zisling)や鬼才鍵盤奏者ノモク(Nomok)、若手注目株のイタイ・ポルトガリー(Itay Portugaly)らをゲストに迎え、複雑なリズムやハーモニーを随所に用いながらも聴きやすく仕上がったイスラエルジャズの新たな世代の台頭を象徴する驚くべき作品となっている。

キャッチーで美しいギターのイントロも印象的な(2)「Talala」

リーダーでギタリストのリバーモア海によって書かれたオリジナルの楽曲群は変拍子や独創的なフレーズも頻出し、剛柔併せ持つノアム・アルベルが叩き出す現代的なドラミングや、アイディアに溢れるエリ・オルのベースとのアンサンブルも完璧なバランスで、三位一体となりグルーヴする。曲を通して圧倒的な構成力と演奏力に驚嘆する(3)「Sinkin」、村上龍の小説『限りなく透明に近いブルー』にインスパイアされた(4)「Almost Transpalent Blue」、ディジー・ガレスピー作曲のジャズ・スタンダードを複雑な変拍子でアレンジした(6)「Con Alma」を始め、聴きどころは満載。アルバム全体的がポジティヴなエネルギーに満ち、若い3人の音楽家たちの躍動が感じられる。

今回はそんなKENSのギタリスト/作編曲家であるリバーモア海に話を伺うことができたので本稿で紹介したい。

KENS
左からエリ・オル(b)、リバーモア海(g)、ノアム・アルベル(ds)

リバーモア海(KENS) インタビュー

── まず、KENSのバンド結成のきっかけを教えてください。

リバーモア海 イスラエルのリモン音楽学校内で行われたジャズ演奏家の大会がきっかけでした。その後、僕がいただいたライブのお話にエリとノアムの二人を連れて行ったのがKENSの始まりです。

── KENSというバンド名の由来は? 響きが日本語っぽいので、どことなく日本の影響があるのかなと思ったのですが…。

リバーモア海 実は初ライブの時に「明日までに名前を考えてきて!」と言われたので、メンバー3人の名前 Kai、Eli、Noam の頭文字を繋げたものにしたんです。kenはヘブライ語で“はい”という意味なのでポジティヴさも考慮してこの名前にしました!
最初は Kens trio、それからKens、そして今のKENSと名前が3回、少しずつ変わっています。

── KENSのメンバーの皆さんは、それぞれどんな音楽を聴いて育ち、影響を受けてきましたか?

リバーモア海 僕は高校までスポーツ一筋でほぼ音楽を聴いていませんでしたが、高校からはジャズ、クラシック、ポップスとメタル以外ならなんでも聴くようになりました。

ベースのエリはイスラエルの古いポップスを聴いて育ちました。ポップスと言ってもその頃のイスラエル音楽はめちゃくちゃレベルが高く、今も若い人が聴き続けています。ヨニ・レヒテル(Yoni Rechter)やマティ・カスピ(Mati Caspi)などはおすすめです。

ドラムスのノアムはクラシック一家で育ちましたが、ヒップホップやメタルを中心に聴いていて現在もそのジャンルでも活動しています。

── 海さんはいつ頃からギターを始めたんですか?

リバーモア海 実は僕はもともとはバスケットボールのプロを目指していて、高校もスポーツ推薦でバスケの強豪校に入ったんですが、身長があまり伸びなくて。それでそのエネルギーを何か別のものにぶつけようと思ってギターを始めたんです。家にあった父の古いギターを借りて、YouTubeなどで世界中の上手いプレイヤーを観ながら、最初は従兄弟よりも上手くなりたい、次には学校で一番上手くなりたいという、とにかく誰にも負けたくないというモチベーションで20歳くらいまでは一日10時間は練習していました。

── それはすごいですね…!
今回のアルバムのコンセプトがあれば教えてください。

リバーモア海 今回はKENSの比較的古い曲を集めたアルバムになっています。明るい・暗い・楽しい・激しい・タイトなリズム・ルーズなリズムなどなるべく全方向をカバーして一瞬もつまらないと感じることがないように心がけました。
また、「Intro」で観客を僕達の世界観に誘導してから「Visitor」で感動的なエンディングを迎えるまで、僕達のいろいろな面を見てもらえるものになっていると思います。
自分達が好きな音楽を録音することももちろん大事ですが、それよりも観客にどう楽しんでもらえるかを突き詰めたアルバムだといえます。

「難しくても耳に残るいい音楽にすることはできる」

── 複雑なコード、変拍子など一般的には難解な構成となっていますが、不思議と馴染みやすい印象を受けました。聴きやすくするために、作曲やアレンジ、演奏ではどのような工夫をしていますか?

リバーモア海 リズム、メロディー、コードの三つが音楽を構成する一番基本的なパレットだとすると、必ずその中のひとつはキャッチーにするというのが僕達のスタンスです。

例えば「Talala」ではコードとメロディーが少し複雑な代わりにビートはとても単純なものになっています。
「Downgraded」もメロディーはとっても難解ですが、その代わりリズムとコードがとても耳に残ります。
逆に「Never have I ever」や「Con Alma」、「Visitor」ではリズムが複雑ですがメロディーがとても覚えやすくなっています。

何かひとつでも聴いている人ががっしりと掴んで支えにできるものがあれば、他のパラメーターが難しくても耳に残るいい音楽にすることは可能だと思います。

── 村上龍「限りなく透明なブルー」をテーマにした曲があります。あなたはこの小説からどのようなインスピレーションを受けましたか?

リバーモア海 どこからどう見ても全てが退廃的なのに、どこかとてもピュアで悲しいこの本が僕は大好きです。一気に入ってきた西洋文化の波に飲まれて行き場のない人生を歩いているどうしようもなさと、この先どうなるのだろうという悲しいワクワクからはいろいろなインスピレーションを受けましたが、表紙と名前がなぜかこの曲にぴったりな気がして、気がつくと楽譜に英訳そのままのタイトルを書いていました。

── 今作では「Con Alma」、そして以前はNirvanaの「Smells Like Teen Spirit」[*1]といった有名な楽曲を複雑な変拍子でアレンジし演奏していますよね。変拍子へのこだわりはどういうところから来るのでしょうか?

リバーモア海 メロディーとハーモニーはもう何千年と研究されていますが、変拍子はアルメニアやブルガリアの民族音楽を除くとあまり突き詰められていない気がします。まだまだ冒険できるところがありそうなので研究のしがいがあります。
「Smells Like Teen Spirit」も「Con Alma」も原曲と全く雰囲気を変えていて僕はとても好きですね。

*1 アルバムには収録されていないが、YouTubeで「Smells Like Teen Spirit」をアレンジし演奏した動画を観ることができる。

── セフィ・ジスリングやNomok、ヨナタン・ヴォルチョックら、イスラエルの現在のジャズシーンを代表するようなミュージシャンがゲストとして参加しています。彼らはどのような経緯で参加となったのでしょうか?

リバーモア海 僕達はリモン音楽学校でセフィのアンサンブルに所属していました。いつもアドバイスをくれるとても優しい方でKENSの相談役のような人なんです。アルバムを録音すると決める前からセフィが参加することは僕達の中で決まっていたと思います。

セフィを録音したのがノモクのスタジオでした。元々参加していただくことは決まってなかったのですが、セフィが「ちょっとここでシンセ入れてみよう!」と言ったのをきっかけに参加が決まりました。

ヴォルチョックはエリと僕の先生でした。彼のサウンドは世界でも類を見ないものだと思っているので頼み込んで参加をオッケーしてもらいました!

イスラエルから多数の才能ある音楽家が現れる理由

── イスラエルからは昨今、非常に才能のある若手のジャズミュージシャンが次々に現れています。 
海さんは日本の高校在学時にギターを習い始めたとのことで、日本の音楽教育についてもある程度ご存知かと思いますが、イスラエルの音楽教育は日本のそれとはどのような違いがあると思いますか?

リバーモア海 そうですね、イスラエルの音楽事情についていくつか特長を挙げるとすれば…、
1、音楽家が日本よりも身近な存在であること。イスラエルは人口比で音楽家が一番多い国だと聞いたことがあります。
2、ほとんどの高校に音楽科があり良い先生が揃っていること。
3、小さい頃にほとんどみんなが何かの楽器を体験すること。
4、ダブルワークをするのがとても簡単な国なので、ハイテク企業などで週3日働きながら活動を続けている人がいるなど、音楽を本格的に続けながらでも生活ができること。
5、ジャズライブに5000円も払わなければならないような日本と違い、イスラエルではライブがとても安く、1000円で忘れられないようなライブをほぼ毎日どこかで観られること。
6、このような文化が確立されているため常に音楽家のレベルが高く、子供たちが見て育つ背中が日本より大きいこと、だと思います。

── 海さんは9月からバークリー音楽大学に入学予定ですよね。今後の活動予定について可能な範囲で教えてください。

リバーモア海 バークリーのような設備が整っている場所でしか出来ないことをメインに取り組んでいきます。
ビッグバンドやオーケストラアレンジ、プロデュース業をはじめ自分がこれまで関わってこなかった国の人たちと弾いたことがないジャンルを弾いてみたいです。作曲も止まらず続けていきたいですが、少しギターから離れたものをやってみたいと思っています。来年は僕が好きなポップス曲3曲と自作曲2曲をシンガー+弦楽四重奏のアレンジでアルバムを出すつもりです!

メタルバンドStorchiのフルート奏者ダニエレ・サッシ(Danielle Sassi)や、イスラエルを代表するトロンボーン奏者ヨナタン・ヴォルチョック(Yonatan Voltzok)も参加した(9)「Visitor」

KENS デビューアルバム『Contact 123』楽曲紹介

(1)「Intro」

観客をアルバムの空気感に一瞬にして引き込むギターとペダルボードのみを使った一発どりのイントロ。
ギタリストのオハコである自由自在なサウンドメイクと多数の自作エフェクトを使っている。

(2)「Talala」

元気が出るグルーヴと覚えやすいメロディーが特徴のアルバムの中では比較的ストレートな曲。
ギターのメロディーの弾き方が少し特徴的で、ネットでカバーをする人も現れている。
どっしりとしたギターソロを通して熟成されたトリオの連携を感じ取ることができる。

(3)「Sinkin」

海にゆっくりと沈んでいく人をモチーフとした曲で、曲が進行する(徐々に沈んでいき苦しくなる)に従ってメロディーが変わらないにも関わらずサウンドとハーモニーがどんどんダークになっていく面白いコンセプトを持つ曲。
曲の後半のドラマーのグルーヴは圧巻の一言で、世界中を見回しても一人でこれほどまでの手数を出せるドラマーはなかなか他にいないだろう。

(4)「Almost Transpalent Blue」

村上龍の小説『限りなく透明に近いブルー』をモチーフとした曲。
とても短く明るくもどこか哀愁があるメロディーの最後に加わる総勢10名によるコーラスが目玉だ。

(5)「Never have I ever」

イスラエルのナンバーワントランペッターのセフィ・ジスリング(Sefi Zisling)とキーボーディストNOMOKをゲストに迎えた曲。
静かなメロディーで始まり最終的には宇宙的なアンビエントにシフトしていく面白い構成の曲で、トランペットソロと曲の最後を飾るアンビエントにも注目。

(6)「Con Alma」

有名スタンダードを難しい変拍子(Aパートは5、4、4、5の18拍子、Bパートは11拍子)でアレンジされている。
ジャズ畑出身の3人がスタンダードを採用しながらも、自分達のアレンジになるようサウンドを最後まで追求したトラック。
高難易度の変拍子の中を縫うように進んでいくギターソロやベースのグルーヴからバンドメンバーの習熟度が伺える。

(7)「Downgraded」

イスラエルの若手ピアニストのイタイ・ポルトガリー(Itay Portugaly)をキーボードとピアノに迎えた曲。
グルーヴィーでタイトなリズムセクションや、複雑なのにどこかキャッチーなメロディー、アグレッシヴなギターソロとドリーミーなベースソロを含め強烈な一曲に仕上がっている。

(8)「Transparent Blue」

(4)「Almost transpalent Blue」のアコースティック・ギター・ヴァージョン。
アルバムのラストに向けて一旦腰を落ち着けた大人びたサウンドになっている。

(9)「The Visitor」

ホーンセクションと世界的トロンボーンプレイヤー、ヨナタン・ヴォルチョック(Yonatan Voltzok)を迎えたアルバムの最後を飾る曲。
変拍子を全く感じさせない美しいメロディー、ベース・トロンボーン・ドラムのソロ、ホーン・アレンジメント、総勢10人のプレイヤーによる壮大さなど注目点を挙げはじめるとキリがない。

KENS

名門・リモン音楽学校で出会ったギタートリオ

ケンズ(KENS)は、イスラエルの名門音楽学校であるリモン音楽学校の中でも年間に15人程度の特待生しか入れない特別な学部ジャズ・インスティトゥード・イスラエル(Jazz Institute Israel )で出会った3人によって結成された、ジャズとイスラエル音楽とポップスを融合した新しい音楽を追求するユニット。作曲、編曲ともに全ての音が練り込まれており、変拍子や高度なハーモニーを用いながらも馴染みやすい音楽になっていることが特長だ。

メンバーは全員がジャズ畑出身で他のジャンルも変拍子も難しいハーモニーも全てをオールラウンドにこなせるプレイヤースキルを持ち、結成以来3年間、緻密なスケジュールでリハーサルを繰り返したことによって得られたメンバー間の連帯感とタイトネス、音楽の熟成度は同世代のバンドでは他の追随を許さないと評価されており、特に変拍子の使い方はイスラエルの音楽学校から講義の依頼を受けるほど。

メンバー プロフィール

リバーモア海(Kai Livermore)

Kai Livermoe

1998年生まれのギタリスト/作曲家。岐阜県の八百津町で生まれ、子供時代のほとんどを山と川しかない村で育った。日本の高校を卒業後、音楽の勉強のため両親の故郷であるイスラエルに移住し名門校リモン音楽学校を卒業。ジャズ、フュージョン、ポップスのライヴとレコーディングをする傍ら映画やメディア音楽の作曲やストリングス、ホーンアレンジを書くなどの活動を行なっている。

全額奨学金を得て、2022年9月からはボストンのバークリー音楽大学に移籍し主に作編曲をさらに深く探求する。

エリ・オル(Eli Orr)

Eli Orr

ベーシスト。若干20歳にしてイスラエルのトップベースプレイヤーの一人に数えられる天才ベーシストで、女性奏者が多く活躍しているイスラエルでも象徴的な存在になっている。

ノアム・アルベル(Noam Arbel)

独創的なテクニックを編み出すドラマー。著名な音楽一家出身で、イスラエルで最も将来を期待されているドラマーの一人。

Kai Livermore – guitar
Eli Orr – bass
Noam Arbel – drums

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