ユダヤのベーシスト、ヨセフ・ガトマン新譜はなんと“ブラジル音楽”
10年以上音楽から離れていながら、2019年に活動を再開しユダヤ教のハシディズム(神秘主義的運動)の伝統とコンテンポラリー・ジャズを組み合わせた独自のスタイルで一躍イスラエル・ジャズの中心に返り咲いたベーシスト/作曲家、ヨセフ・ガトマン(Yosef Gutman)の新譜『Ashreinu』のテーマは、なんと“ブラジル音楽”だった。
アルバムを再生すると、いきなりパンデイロのビートとガットギターによるバチーダでグルーヴしまくる曲(1)「Ashreinu」が流れ予想を(良い意味で)見事に裏切られる。いかにも敬虔なユダヤ教徒といった風貌の彼が、まさかこんなド直球なサンバをやってくるとは…!
この曲では最初にヨセフ・ガトマンがヘブライ語で歌い、次にブラジル出身の打楽器奏者ジョカ・ペルピナン(Joca Perpignan)がポルトガル語で歌う。新鋭ハーモニカ奏者ロニ・エイタン(Roni Eytan)のソロ、これまでのヨセフのアルバムにも参加してきた木管奏者ギラッド・ローネン(Gilad Ronen)のフルートのソロも素晴らしい。
どうやら、ヨセフ・ガトマンはエルメート・パスコアールやジョアン・ボスコ、エグベルト・ジスモンチといったブラジルの音楽がずっと好きだったようだ。ブラジル生まれ・イスラエル在住のギタリストのマルセロ・ナミ(Marcelo Nami)らを迎えて制作されたこのアルバムには、そんな彼のブラジルへの愛情が詰まっている。サンバ、バイアォン、アフォシェといった典型的なブラジルのルーツ・ミュージックに、時折混ざるジューイッシュな旋律(特に(5)「Hinei Ze Koreh」に顕著だ)がなんだかとても新鮮で楽しい。
アルバムは全編ストレートなブラジル音楽というわけではない。
(4)「Lecha Dodi」や(6)「Zol Shoin Kumen Di Geulah」はヨセフ・ガトマンがモロッコの年配のユダヤ人から聞いた旋律にインスパイアされた楽曲で、素朴で美しいメロディーに洗練されたハーモニーが加えられ、神秘的なサウンドに仕上がっている。
カヴァーもある。
(8)「Venice」は1981年にECMからコリン・ウォルコット(Collin Walcott)との唯一のアルバム『Dawn Dance』をリリースし、そのまま2020年に逝去するまで音楽シーンから忘れ去られてしまっていた南アフリカの天才的ギタリスト、スティーヴ・エリオヴソン(Steve Eliovson)の作曲。ここではヨセフ・ガトマンは温かみのあるアコースティック・ベースギターで感傷的なソロをプレイしている。
Yosef Gutman プロフィール
ヨセフ・ガトマン・レヴィット(Yosef Gutman Levitt, ヘブライ語:יוסף גוטמאן לויט)は南アフリカ・ヨハネスブルグから1時間程度の農場で生まれ育った。幼い頃から音楽の才能の兆しを見せ、最初にピアノ、そして10代後半でベースギターを手にとり、故郷南アフリカから米国に渡りボストンのバークリー音楽大学、そしてニューヨークに移り住んだ。ニューヨークには10年以上住み、ギタリストのリオーネル・ルエケ(Lionel Loueke)らと広く演奏したが、この時期は残念ながら音楽への欲求不満と無力感が高まる時期でもあった。
彼はユダヤ人としての幸福を追求する決断をしNYを離れイスラエルに移住。結婚し家族を持ち、音楽からは完全に離れ、テクノロジー系の起業家として成功を収めた。
こうして10年ほど音楽から離れていたヨセフだが、近年になってユダヤ教のハシディズム(神秘主義的運動)の伝統的なメロディーをベースに再び音楽活動を開始。2019年1月にソロデビュー作『Chabad Al Hazman』、2020年には古代ユダヤ教にインスパイアされた壮大なダブル・アルバム『The Sun Sings to Hashem』『The Moon Sings to Hashem』をリリースしている。
Yosef-Gutman Levitt – upright bass, acoustic bass guitar, vocal
Marcelo Nami – classical guitar
Joca Perpignan – percussion, vocal
Gilad Ronen – flute, soprano saxophone
Roni Eytan – harmonica
Itamar Dahan – piano
Avior Rokeach – trumpet
Oren Tsur – violin
Yitzhak Attias – percussion