キューバの至宝オマーラ・ポルトゥオンド、“人生”を歌う新譜
92歳という年齢は、やはり特別に取り上げざるを得ない。歌手としてのキャリアは17歳の頃からだというからもう75年に及ぶのだが、彼女のその驚くべき歌唱力、表現力が国際的に正当に評価されたのはキャリア開始から半世紀後の1997年、67歳の頃だった。きっかけはライ・クーダー(Ry Cooder)がキューバの“忘れられた”老ミュージシャンたちと作り上げた『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』だ。
彼女の名はオマーラ・ポルトゥオンド(Omara Portuondo)。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブでは紅一点、その力強く圧倒的な歌唱はアルバムや映画の中よりも更にライヴで際立ち、その後の日本を含む世界ツアーで多くの人に感動をもたらしたことだろう。
新型コロナによるパンデミックでツアーがままならなくなっても、やはり彼女は歌うことを辞めなかった。92歳になる2023年の最新作のタイトルは『Vida』、つまり「人生」だ。なんと重みのある言葉だろう!おそらくこの作品は彼女自身の人生の集大成であり、全ての人生への温かな愛であり、愚かな過ちを繰り返す人間社会への半ば諦めの混ざった警告だ。ジョージ・フロイド氏の悲劇的な死に心を痛め、BLM運動を支持する彼女は、レナ・ホーンが1967年に歌い、70年代にオマーラがキューバで広めた曲(8)「Now」を今こそ再び歌うべきだと決めた。ジャズ・ビッグバンドに乗せて歌うオマーラ・ポルトゥオンドの声を聴けば、音楽が持つ圧倒的な力にあらためて心を強く打たれる。
今作は2013年にラテングラミーの新人賞を獲得したグアテマラ出身のSSW、ギャビー・モレノ(Gaby Moreno)がプロデュースしている。二人は共通の友人であるキューバの音楽家サンティアゴ・ララメンディ(Santiago Larramendi)を通じて出会い、グアテマラのステージで共演するなど交流を重ね、今作でのタッグに繋がった。
アルバムにはルベーン・ブラデス(Rubén Blades)、ゴンサロ・ルバルカバ(Gonzalo Rubalcaba)、ナタリア・ラフォルカデ(Natalia Lafourcade)、スサーナ・バカ(Susana Baca)、カルロス・リベラ(Carlos Rivera)といったスペイン語圏の素晴らしいアーティストが多数ゲスト参加。キューバ音楽の国際的な認知に多大な貢献を果たしてきたオマーラ・ポルトゥオンドへの最大限の敬意を表している。
オマーラ・ポルトゥオンドは数ヶ月以内にステージを降り、今後は録音などでの活動を続けていく意向のようだ。
“人生”と題したアルバムのラストを飾るのはメキシコのSSWアマウリー・ペレス(Amaury Pérez)の楽曲(11)「Con 2 Que Se Quieran」。最後を陽気なパーティーで締め、笑顔で去ってゆくのもオマーラ・ポルトゥオンドらしい。