現代ジャズを代表する女性ベーシスト、リンダ・メイ・ハン・オー 深淵な問いに対する彼女の答え

Linda May Han Oh - The Glass Hours

リンダ・メイ・ハン・オー新作『The Glass Hours』

現代ジャズ最高峰のベーシストのひとり、リンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)のアルバムはいつも深淵なテーマが提示される。2023年の彼女の新譜のタイトルは『The Glass Hours』。人間がそれぞれ個々に持っている時間のあまりの短さ、その中で個人としてできることへの思索。自分ではどうしようもないように思える社会や国家の問題──。自らの非力さを嘆くところから、ガラスのように脆弱な時間という発想が浮かんだ。

この音楽は、リンダ・オーという現代で最も創造的で、それに伴う圧倒的な技巧を持ったベーシストの挑戦的な側面を強調する。公私のパートナーであるピアニストのファビアン・アルマザン(Fabian Almazan)との息はまさに阿吽の呼吸で、リンダ・オーの作曲による複雑な作品群を見事な音楽として表現。初共演となるサックス奏者のマーク・ターナー(Mark Turner)や、ポルトガル出身の歌手サラ・セルパ(Sara Serpa)のスキャットに近いヴォーカルも印象的だ。

(1)「Circles」

リンダ・オーはある時点で、アーティストとして、「世界でこんなことが起きているのに、なぜ私は音楽をやっているのだろう?」と考えることを余儀なくされたと語る。日常の儚さ、時間の脆さを目の当たりにした彼女は自分自身、そして愛する人の人生をどのように守り改善するのかを考え、その過程で音楽が持つ混乱を鎮める癒しの効果を再発見したという。この限りなく複雑に絡み合った音楽は、そんな彼女が導き出した回答の現在地なのだ。

(6)「The Imperative」

例えば(4)「Jus Ad Bellum」(ユース・アド・ベルム)とは、禁止される戦争とは何か、許容される戦争とは何か、そしてそれはなぜなのかといった、「戦争の正当化理由」に言及するラテン語だ。これはリンダ・オーが人間社会のより大きな課題に対処するための努力の一環として受講した、国際人権に関する講座から得たインスピレーションで、このあまりに大きな問いに対する彼女の混乱が象徴的に描かれている。

Linda May Han Oh 略歴

リンダ・メイ・ハン・オーは中国系移民の両親のもと、1984年8月25日にマレーシアで生まれた。その後4才で家族でオーストラリア西部の都市パースに移住。4歳からクラシックピアノを教わり、10代前半でクラリネットやファゴットといった管楽器を習得し、高校時代にはレッド・ホット・チリ・ペッパーズなどの曲を演奏するカヴァーバンドでベースを担当していたようだ。2002年頃よりジャズを学び、当初はレイ・ブラウン、スコット・ラファロ、チャーリー・ヘイデンといったベーシストの参加作品からジャズのベースを学んだ。

その後オーストラリアで数々のコンペティションで優勝、奨学金を得た彼女は2006年に米国ニューヨークに移り、マンハッタン音楽院で学ぶ(同級生には後に夫となるピアニスト、ファビアン・アルマザンも)。その後も権威あるセロニアス・モンク・ベース・コンペティションで受賞するなど輝かしい経歴を辿り、大御所ギタリスト、パット・メセニー(Pat Metheny)のツアーに参加するなど現代ジャズを代表するベーシストにまで登りつめた。

近年はジョン・バティース(Jon Batiste, “ジョン・バティステ”とも表記される)の音楽監督の下、ピクサー映画『ソウルフル・ワールド』のミュージシャンの一人としてフィーチュアされたり、テリ・リン・キャリントン(Terri Lyne Carrington)による女性作曲家に光を当てるプロジェクト『New Standards, Vol. 1』のアンサンブルの一員としてグラミー賞最優秀インストゥルメンタル・ジャズ・アルバム賞を受賞するなど、現在のジャズシーンでの存在感はますます高まっている。

Linda May Han Oh – acoustic bass, electric bass, voice
Mark Turner – tenor saxophone
Sara Serpa – Voice
Fabian Almazan – piano, electronics
Obed Calvaire – drums

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