孤高の音楽家、エグベルト・ジスモンチが魂で奏でるソロピアノ名盤『Alma』(1986)

Egberto Gismonti - Alma

マルチ奏者エグベルト・ジスモンチのソロピアノ作『Alma』

ブラジルが生んだ偉大な作曲家/ピアニスト/ギタリスト、エグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)。最高に美しい曲を書き、ピアノと多弦クラシックギターを圧倒的なテクニックで弾きまくり、誰も真似のできない個性を持つ世界最高のアーティストのひとり。
そんな彼の作品の中でも、特にその異才が際立つアルバムが1986年の(ほぼ)ソロピアノのアルバム『Alma』だ。

Alma、ポルトガル語で“魂”。
ここにはまさしく孤高の天才が全身全霊を注ぎ、魂で弾いたピアノ演奏が収められている。音楽家にとってもっともシンプルな表現である“ソロ演奏”なのだが、このアルバムを初めて聴いたときの衝撃は今でも忘れられない。
ここには自由かつダイナミックで、ピアノという楽器の可能性の限界を突破したような演奏が収められている。もう全曲が素晴らしいのだが、特に大空を軽やかに舞うような(3)「Loro」、水が澱みなく流れるように麗しい(5)「Karatê」など、大袈裟ではなく価値観を変えられるほどの感銘を受けたものだ。

ジスモンチのピアノはミスタッチも多く、“正確さ”という指標では他の多くのピアニストに分があるが、彼の演奏を聴いていると音楽において“正確さ”だけを追求することの無意味さを思い知らされる。少なくとも私にとって、もっとも心に響く音楽とは楽譜を極めて正確に再現したものではなく、そのアーティストの魂の奥底から湧き出るエネルギーが音にロスなく伝達された演奏なのだと確信させられたのが本作だ。

(8)「Infância」(CD収録版とは別の演奏動画)

冒頭の(1)「Baiao Malandro」から情熱の迸る演奏に耳を奪われる。
(2)「Palhaço」は道化師の哀しみを歌うジスモンチの最高傑作のひとつだ。

多くのジャズ・アーティストにカヴァーされる(3)「Loro」も素晴らしい。バンド編成でも非常に魅力的な曲だが、この曲はピアノの独奏でも映える。ここではサステインペダルをほとんど用いず粒立ちの良い超高速の演奏で、ジスモンチ音楽のポジティヴな魅力が最大限に表現される。

現代クラシックのスタンダードとして主にピアニスト、ギタリストによって愛されるジスモンチの代表曲(7)「Água & Vinho」(水とワイン)も素晴らしい。左手の分散和音、少し跳ねた右手の旋律。一時的な転調やオーギュメントを効果的に活用した個性的で美しい音使い。ジスモンチのピアノのタッチが強すぎるためか録音には一部音割れも見られるが、そうした部分も含めエグベルト・ジスモンチという音楽家の魅力を増幅させる。

CDには楽譜も付属している

本作『Alma』は当初、1986年にブラジルEMIからリリースされ、1996年にECM/CARMOから再発され若干の曲順変更や収録曲変更が加えられた。ECM/CARMO版のフィジカルには「Sete Anéis」などの楽曲のライヴ演奏が追加収録され、そしてなんと、収録曲の楽譜(五線譜)も付属している。

ECM/CARMO版

収録曲もジスモンチの代表曲と呼べる名曲ばかり。
自由な演奏表現も圧倒的で、ソロピアノの作品として歴史に残る至高の芸術、名盤だと思う。

Egberto Gismonti プロフィール

エグベルト・ジスモンチは1947年12月5日にブラジル・リオデジャネイロ州の小さな町カルモの音楽一家に生まれた。母親はイタリア・シチリア島出身で、父親はレバノン・ベイルート出身。6歳からクラシックのピアノやフルート、クラリネットを始め、10歳頃からは独学でギターも始めた。

作曲家として頭角を表したのが1968年。彼が作曲した100人編成のオーケストラを従えた歌曲「O Sonho」がリオデジャネイロのテレビ局主催のコンテストで高く評価され、ブラジルの国民的歌手エリス・ヘジーナ(Elis Regina, 1945 – 1982)が翌年のアルバム『Elis, Como e Porque』でカヴァーしヒット。ジスモンチ自身も同年に最初のアルバム『Egberto Gismonti』でデビューを飾った。

1969年に現代音楽を探求するためにフランス・パリへ行き名教師ナディア・ブーランジェ(Nadia Boulanger, 1887-1979)に師事。彼女からのレッスンを通じてブラジルの音楽への理解を深めることの重要性を認識し、帰国後アマゾンでインディオと暮らし土着音楽への造詣を深めたというエピソードは有名だ。

1976年にはドイツの名門レーベルECMに参加。ナナ・ヴァスコンセロスとのデュオ『Duas Vozes』(1984年)や、『Infância』(1991年)といった数々の名盤を残している。

Egberto Gismonti – piano, synthesizer
Nando Carneiro – synthesizer

Egberto Gismonti - Alma
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