稀代のメロディメーカー、イヴァン・リンス 実に9年ぶりの新作『My Heart Speaks』

Ivan Lins - My Heart Speaks

イヴァン・リンス、9年ぶりの新作『My Heart Speaks』

イヴァン・リンス(Ivan Lins)という存在、この人の音楽は唯一無二だ。
ボサノヴァやフュージョン(≠ジャズ)が見事にブレンドされた濃度高めのMPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラの略, ブラジルのポピュラー音楽)で、MPBを象徴するアーティストのように思うのだが、彼のサウンドに似た音楽家はほかに誰一人としておらず、たった一人で“イヴァン・リンス”というジャンルを形成しているような不思議なアーティスト…。

そんな“MPB特別枠”の大御所イヴァン・リンスが実に9年ぶりの新作『My Heart Speaks』を2023年9月15日にリリースした。ゲストにはこれまたコテッコテの人選でダイアン・リーヴス(Dianne Reeves)やランディ・ブレッカー(Randy Brecker)といった名前が並ぶ。
普通ならここでもう胸焼けしそうなものなのだが、聴いてみるとその天才的なコードワークやメロディの運びに一瞬にして撃沈、落とされてしまう。

そう、これがイヴァン・リンスという音楽家の魔法だ。
かつて世界中の人々が心酔した「Comecar de Novo」や「Somos Todos Iguais Nesta Noite」、「Cartomante」「Emoldurada」といった名曲を生んだ天才的メロディメイカーの現在の姿。その佇まいは若い頃からずっと変わらず、全盛期をとっくに過ぎたと思われる今でも“あ、イヴァン・リンスだ”としか言いようのないイヴァン・リンス感を醸し出す。

例えばダイアン・リーヴスが歌う極上のラヴ・バラード(2)「The Heart Speaks (Antes E Depois) 」。しっとりと成熟した音楽だが、メロディーとコードの運びにイヴァン・リンスならではのクセの強さもあり堪らない。実はこの曲はトランペット奏者のテレンス・ブランチャード(Terence Blanchard)がイヴァン・リンスの曲を取り上げた1996年作『The Heart Speaks』で初出の曲の再演だ。

ダイアン・リーヴスが英語で歌う(2)「The Heart Speaks (Antes E Depois) 」

(3)「Nao Ha Porque」は「〜チ(te)」で韻を踏むイヴァン・リンスらしさ全開の契りのような曲だし、ジャズ・ヴォーカルの新星タワンダ(Tawanda)を起用した(4)「I’m Not Alone (Anjo De Mim) [English Version]」も随所に彼特有の匂いが噴出。ほんとうに、イヴァン・リンスは最高のソングライターだということを改めて認識させてくれる。

タワンダが歌う(4)「I’m Not Alone (Anjo De Mim)」

どうもオーケストラがめっちゃ良いぞ、と思ったらジョージアのトビリシ交響楽団(Tbilisi Symphony Orchestra)、なんと91人編成が参加とのこと。演奏はロマンティックで情感豊かで、(6)「E Isso Acontece (This Happens)」などイヴァン・リンスのジャズバンドとも相まって極上のサウンドを作り上げる。

(1)「Renata Maria」はシコ・ブアルキ(Chico Buarque)との共作。(9)「Missing Miles」はトランペット奏者のランディ・ブレッカー(Randy Brecker)が、そして(10)「Rio (Rio De Maio)」には歌手のジェーン・モンハイト(Jane Monheit)がゲスト参加している。
独特のコード進行。過剰とも思えるがイヴァン・リンスらしいとも言えるストリングスなど、どこを切り取ってもイヴァン・リンスらしさが満開の新作。私含め、MPBファンは大歓喜だろうと思う。

MPBの天才的メロディメイカー、Ivan Lins

イヴァン・リンスは1945年ブラジル・リオデジャネイロ生まれのシンガーソングライター/鍵盤奏者。
父は海軍の技術者で、リオの士官学校での研究をマサチューセッツ工科大学の大学院で行っていたため、幼少期に数年マサチューセッツ州ボストンで暮らしている。

1970年に歌手エリス・レジーナ(Elis Regina)によって録音された「Madalena」が彼の最初のヒット曲となった。70年代以降、数多くのアルバムをリリースしており、特に『Modo Livre』(1974年)や『Somos Todos Iguais Nesta Noite』(1977年)などはMPBの歴史に残る名盤と言われている。

ボサノヴァなどのブラジル音楽にジャズ、フュージョン、AORなどを交えたサウンドが特徴的。
彼の楽曲は極めて複雑なコード・ヴォイシングやコード進行に定評があり、それでいて自然で美しいメロディーのセンスゆえにブラジルの音楽家の中でも個性的なアーティストとして知られている。

Ivan Lins – piano, keyboards, vocal
Josh Nelson – piano
Leo Amuedo – guitar
Carlitos Del Puerto – bass
Mauricio Zottarelli – drums, percussion

Tbilisi Symphony Orchestra

Kuno Schmid – arrangement

Guests :
Dianne Reeves – vocal (2)
Tawanda – vocal (4)
Randy Brecker – trumpet (9)
Jane Monheit – vocal (10)

Ivan Lins - My Heart Speaks
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