好奇心と独創性に満ちたバンジョー奏者/民族音楽学者のアルバム
米国ノースカロライナ州のバンジョー奏者/作曲家ベン・クラカウアー(Ben Krakauer)の2ndアルバム『Hidden Animals』は、南インド音楽やブルーグラスを専門とする民族音楽学者でもある彼の個性が発揮された、独創的な作品だ。バンジョー、フィドル、チェロ、ダブルベース、ドラムスというクインテット編成で、ジャズの影響を強く受けた技巧的かつ楽しい音楽を聴くことができる。
彼の前作『Heart Lake』(2019年)のリリース後、世界は約3年間もの辛い時期を経験した。今作はそれまで当たり前にできていたことができなくなった不確実性の時代における悲しみと、それを乗り越え再び人々が集い、会話を交わし、ともに音楽を演奏できる喜びを情感豊かに描き出している。
出だしから減5度の音程を巧みに織りまぜ、少しおどけたような雰囲気を醸し出す(1)「Hidden Animals」、フィドルやチェロの美しいメロディーの中にどこかインドの風が吹くような(3)「Laura’s Tune」、2本のフィドルが掛け合う心踊る高速ブルーグラス(7)「Brushy」や(9)「Dogboy Breakdown」などなど、スコッチ・アイリッシュをルーツにもつアメリカン・トラディショナルの新潮流を感じさせる。
バンドメンバーは24フレットのバンジョー(通常のバンジョーは22フレット)を弾くベン・クラカウアーのほか、彼がバンジョーの研修を行ったいずれもバークリー音大出身のドラマーであるニック・フォーク(Nick Falk)とフィドラー/チェリストのダンカン・ウィッケル(Duncan Wickel)、紅一点フィドラーのエラ・ジョーダン(Ella Jordan)、そしてニューイングランド音楽院出身のダン・クリングスバーグ(Dan Klingsberg)で構成されている。
好奇心に溢れる民族音楽学者
ベン・クラカウアーの両親は心理学者と物理学者で、音楽は好きだったが楽器はやっていなかったという。彼はギターを弾く兄と音楽を楽しむうちにバンジョーにのめり込み、さらにはテキサス大学で南アジアの音楽、特にバウル(ベンガル地方の吟遊詩人の家系)の音楽を博士論文のテーマとするなど、深く音楽を探求。2年間ほど西ベンガル州に滞在するうちに、バンジョーやブルーグラス音楽へもさらなる情熱を注ぐようになっていった。
ブルーグラスの確立者に大きく寄与したビル・モンロー(Bill Monroe, 1911 – 1996)を“精神的な父”と敬うベン・クラカウアーだが、新しい音楽への探究心も強い。彼は現代のアメリカ黒人音楽、特に非常に革新的なことをしているヒップホップやジャズ、R&Bのアーティストもよく聴いており、バンジョーの音楽もラグタイムやジャズ、ヒップホップと結びついたアフリカ系アメリカ人の音楽の連続体のうちの一部だと考えている。そうした好奇心は今作の作風や演奏にも強い影響を与えていることは間違いない。
ウォーレン・ウィルソン大学の音楽学部長を務め、ほかの全米各地の音楽教育機関でバンジョーや民族音楽学の講義をもつ彼は、この20年間で、大学のプログラムや音楽院におけるバンジョーに対する意識が変わってきていると感じているという。バンジョーは民族楽器としてだけでなく、ジャズ、さらにはクラシック楽器としても真剣に受け止められるようになってきたのだ。
Ben Krakauer – banjo
Nick Falk – drums
Ella Jordan – fiddle
Duncan Wickel – fiddle, cello
Dan Klingsberg – bass