Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace / Shabaka
シャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings)の新しいアルバムだと思って聴き始めたから、正直に言うとかなり驚いた。テナーサックスの音を待ち構えていたところに聴こえてきたのは、クラリネットの美しく温もりのある、悲しい音だった。
サンズ・オブ・ケメット(Sons Of Kemet)、シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ(Shabaka And The Ancestors)、コメット・イズ・カミング(The Comet Is Coming)といったバンドを率い、わくわくするような新世代のジャズを聴かせてきてくれた彼は、今作から名義をシャバカ(Shabaka)と変え、代名詞だった力強いテナーサックスを静かにケースに仕舞い、代わりの楽器としていくつかの笛を手に取ったようだ。
『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』(美を知覚し、恵みを認識する)は内省的な楽曲(1)「End of Innocence」で幕を開ける。ジェイソン・モラン(Jason Moran)がピアノで響かせるいくつかの複雑なハーモニーに乗せて、シャバカは初めて録音で披露するクラリネットを吹く。これまで彼が見せていた演奏とは全く異なる(ような印象を受けた)、極めて自己の内面に向かうようなベクトル。
“大きくて、うるさくて、きらきらしたホーン”1。彼がそう呼ぶサックスという楽器では到底表現することのできない世界を描きたかったのだろう。シャバカ・ハッチングスは“燃え尽き症候群”に陥っていた。“精神的な実践のパフォーマンスを繰り返し販売される商品として扱い続け、常にツアーを続けている”過密なスケジュールから解放されることを望んでいた彼は、実際に2023年のはじめにはサックス奏者としての活動を休止することを宣言している。その頃には既に日本で買った尺八を愛用しており、2022年にはサックスとは異なる表現を試みたシャバカ名義のEP『Afrikan Culture』をリリースし新境地を見せていた。こうした経緯を知っていれば、今作はサックス奏者の突然の変容ではなく、その延長線上にある自然な流れであることがわかる。
類稀な大成功を収めたバンド活動から離れた彼の新作は、サウンドは静謐だが内なる想いは相当に挑戦的だ。楽曲のタイトルには、これまでの彼の作品でも見られるような強い信念が垣間見える。同じことは、──第一印象では従来の彼のイメージとは確かに異なるけれども──今作に収められた多様な演奏からも徐々に感じ取れるようになってくる。愛すべきエアリード楽器の素朴な音色の向こう側に、それを吹く人物のアーティストとしての偉大さが秘められているように感じる。
アルバムには前出のジェイソン・モランのほか、パーカッションのカルロス・ニーニョ(Carlos Niño)、ハープのブランディー・ヤンガー(Brandee Younger)、ピアノのンドゥドゥーゾ・マカティニ(Nduduzo Makhathini)、ベースのエスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)、エレクトロニクスを扱うフローティング・ポインツ(Floating Points)といった才能が集結。もしかしたらシャバカの内面に起こったような、音楽に対する価値観の転換をリスナーにも促すことになるかもしれないこの金字塔的な作品をさりげなく彩っている。
Shabaka – flutes, clarinet, shakuhachi
Jason Moran – piano (1, 10)
Nasheet Waits – drums (1, 10)
Carlos Niño – percussion (1, 5, 7, 10)
Brandee Younger – harp (2, 6, 8)
Charles Overton – harp (2, 3, 4, 6, 8, 11)
Miguel Atwood-Ferguson – strings (2, 8)
Moses Sumney – vox (3)
Saul Williams – vox (4)
Nduduzo Makhathini – piano (5)
Surya Botofasina – synthesizer (5)
Elucid – vox (6)
Esperanza Spalding – bass (6, 7)
Chris Scholar – electronics (6)
Floating Points – electronics (7)
Laraaji – vox (7)
Tom Herbert – bass (7)
Dave Okumu – guitar (7)
Andre 3000 – flute (7)
Marcus Gilmore – drums (7)
Eska – vox (8)
Rajna Swaminathan – mrudangam (9)
Lianne La Havas – vox (10)
Anum Lyapo – vox (11)
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- “big, loud, shiny horn” ↩︎