世界を音で繋ぐクラリネット奏者オラン・エトキン、平和への祈りを込めた新譜『Open Arms』

Oran Etkin - Open Arms

オラン・エトキン新譜は世界各地で録音された珠玉のジャズ

ワールドワイドな活動で知られるイスラエル出身のクラリネット奏者オラン・エトキン(Oran Etkin)の新譜『Open Arms』は、ブラジル、ジンバブエ、カナダ、チェコ共和国、トルコ、そして米国と世界中で現地のミュージシャンたちと録音した意欲的な作品だ。そのタイトルのとおり、分断と相互破壊が進む近年の世界において、あらゆる文化を尊重し受け入れ、つながることに焦点をあてている。

(1)「É Doce Morrer No Mar」はブラジルを代表する作曲家、ドリヴァル・カイミ(Dorival Caymmi, 1914 – 2008)が作った曲で、ドリヴァルの息子ダニロ・カイミ(Danilo Caymmi, 1948 – )がゲスト参加している。楽器はダヴィ・メロ(Davi Mello)によるガットギターとオラン・エトキンのクラリネットのみというシンプルさで、そのシンプルさ故の表現の美しさに存分に浸ることができる。

ジンバブエの首都ハラレとブラジルのサンパウロで録音された(2)「We Are Together」には、ジンバブエ出身の伝説的ムビラ奏者、トゥテ・チガンバ(Tute Chigamba, 1939 – )と彼のファミリーが参加。冒頭では彼の「私たちは一緒だ。私たちミュージシャンは平和の戦士だ。世界中どこに行っても、誰も恐れることはない、何も恐れることはない。なぜなら私たちが演奏を始めると、人々は腰を下ろしてより深く考えるからだ」という肉声が聴こえる。幾重にも重なるムビラやコーラスをバックに、朝の祈りのように静謐なオラン・エトキンのバスクラリネットが響き渡る。

(2)「We Are Together」

(4)「Pavlinka’s Dream」はロマの歌手パブリナ・マティオヴァ(Pavlina Matiova)がヴォーカルを担う。バンドはドラマーのセルジオ・マシャード(Sérgio Machado)や鍵盤のベンジャミン・タウブキン(Benjamim Taubkin)らブラジル勢が担っており、魅力的なグルーヴとゆったりとしたメロディーが絡み合う魅力的な現代ジャズとなっている。

(4)「Pavlinka’s Dream」

(5)「Chigwaya – Song For The Mermaid Spirit」はジンバブエのムビラ奏者ムセキワ・チンゴーザ(Musekiwa Chingodza, 1970 – )とのデュオ演奏。大型の伝統的なムビラはまさに“親指ピアノ”の異名どおり低音から高音まで豊かなサウンドを奏でる。

現代的なジャズ曲(6)「Caymmi」はタイトルのとおりブラジル音楽の歴史に多大な貢献をしたカイミ・ファミリーへのトリビュート。
ちなみに、これら本作の中核を形成する“サンパウロ・セッション”の録音エンジニアはダニ&デボラ・グルジェル・クアルテート(DDG4)で知られるチアゴ・ハベーロ(Thiago Rabello)が担っている。

チェコ共和国で録音された(9)「Djelem Djelem」は今作中でもっともロマ(ジプシー)の雰囲気を持った曲だ。ツィンバロムやアコーディオンを擁した軽やかで郷愁を感じさせるバンドサウンドをバックに、再びパブリナ・マティオヴァの歌が登場する。

アルバムのラストには冒頭に収録されたドリヴァル・カイミの「É Doce Morrer No Mar」がピアノ、ドラムス、バスクラリネットのトリオで再演される。これはカナダ・ウィニペグでのライヴ録音で、ピアノにケヴィン・ヘイズ(Kevin Hays)、ドラムスはマット・ウィルソン(Matt Wilson)という強力な編成となっている。

Oran Etkin 略歴

オラン・エトキンは1979年にイスラエルに生まれ、のちに家族で米国ボストンに移住した後、5歳の時にピアノを習い始めた。クラリネットは14歳の頃に始め、伝説的なマルチリード奏者ユセフ・ラティーフ(Yusef Lateef, 1920 – 2013)らに師事した。大学では経済学とクラシック・クラリネットを専攻。さらにマンハッタン音楽学校でジャズの修士号を取得し、卒業後はニューヨークで教師として働き、幼児向けの音楽教育に尽力した。

最初のアルバム『Kelenia』(2009年)は90年代後半から取り組んでいた西アフリカ・マリの音楽とジャズを融合したもので、マリ出身の3人のミュージシャンと録音された。その後も日本を含む世界各地のミュージシャンとの共演作や、子供向けのアルバムなど実に多彩な活動を続けている。

オラン・エトキンは2023年の国際ジャズ・デー(International Jazz Day)1に際してハービー・ハンコック(Herbie Hancock, 1940 – )によって紹介されるなど、今もっとも優れたクラリネット奏者として活躍の場を広げている。

ハービー・ハンコックによるオラン・エトキンの紹介。ジンバブエの路上にて、ムビラを弾くムセキワ・チンゴーザとの「Nhema Musasa」(本作未収録曲)の演奏を観ることができる。

  1. 国際ジャズ・デー…アメリカ合衆国のジャズ教育機関であるハービー・ハンコック・インスティテュート・オブ・ジャズと、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関, UNESCO)が主催するジャズを祝う国際デー。2012年以降、毎年4月30日に行われている。ジャズを通じて世界のさまざまな文化に対する理解を深め、平和や団結力といった教育につなげることを目的としている。 ↩︎

Oran Etkin – clarinet, bass clarinet
Danilo Caymmi – vocals (1)
Davi Mello – guitar (1)
Vinicius Gomes – guitar (2, 4, 6, 7)
Vanessa Ferreira – bass (2, 4, 6, 7)
Benjamim Taubkin – keyboards (2, 4, 6, 7, 8)
Tute Chigamba – mbira, vocals (2)
Irene Chigamba – mbira, vocals (2)
Wiri Chigonga – mbira, vocals (2)
Clarence Mzite – mbira, vocals (2)
Sergio Machado – drums (3, 4, 6, 7)
Jehan Barbur – vocals (3)
Erkan Oğur – kopuz (3)
Pavlina Matiova – vocals (4, 9)
Musekiwa Chingodza – vocals, mbira (5)
João Taubkin – bass (8)
Kabé Pinhero – percussion (8)
Dušan Černák – drums (9)
Michal Grombiřík – cimbalom (9)
Roman Horváth – accordion (9)
Miloš Klápště – bass (9)
Tibor Zida – guitar (9)
Kevin Hays – piano (10)
Matt Wilson – drums (10)

関連記事

Oran Etkin - Open Arms
Follow Música Terra