イスラエルのSSWノガ・エレズ待望の新譜『THE VANDALIST』、欺瞞に満ちた社会への最後の抵抗

Noga Erez - THE VANDALIST

社会への絶望を斬新なサウンドに乗せるノガ・エレズ 待望の新作

ずっと厭世的だった彼女の歌は、いよいよ絶望の色を極めてきた。
イスラエルのシンガーソングライター/プロデューサー、ノガ・エレズ(Noga Erez)
新作アルバムに付けられたタイトルは『THE VANDALIST』。つまり、愛し尊ぶべきもの、美しいものの“破壊者”たちへの彼女なりの最後通牒なのだろう。

今作は2022年に契約を交わしたNYのレーベル、ネオン・ゴールド(Neon Gold, アトランティックの子会社)からの第一作となり、イスラエル出身の音楽家としては類稀な国際的成功を手中にしつつある彼女だが、母国の状況は悪くなる一方だ。彼女にとって音楽や歌は“世界について自分を悩ませている問題を処理する手段”だという。歌詞はユニークで言葉遊びもあるが、それを上回る皮肉や怒り、そして憎悪や暴力の連鎖が続き永遠に平和が訪れないことに対する絶望が滲む。思い通りにはならない世界の中で、自由に表現ができる手段として彼女が選んだ音楽は、隅々まで鋭利に研ぎ澄まされている。

(1)「Vandalist」はシニカルな権力批判で、おそらくは母国の状況を受けてのものであろう。アルバムのサウンドはこれまでのノガ・エレズのエレクトロニック路線のアルバムの延長線上にあり、公私のパートナーであるオリ・ロッソ(Ori Rousso)を大きくフィーチュアした(3)「PC People」など、これまでの彼女のヒット曲を彷彿させる素晴らしい仕上がりが印象的だ。

(3)「PC People」

アルバムには数名のゲストをフィーチュア。(5)「A+」にはイスラエルのラッパー、ラヴィド・プロトニク(Ravid Plotnik)、つづく(6)「AYAYAY」にはアルゼンチンのラッパー、ディロン (Dillom)を、そして(9)「SAD GENERATION, HAPPY PICTURES」には米国の女性ヒップホップ・デュオ、フライアナ・ボス(Flyana Boss)迎えており、これらの曲は特にノガ・エレズの個性を残しながらもヒップホップの要素を強めている。

(9)「SAD GENERATION, HAPPY PICTURES」

Bandcampの『THE VANDALIST』のページには、次のような説明が添えられている:

「THE VANDALIST は最後の手段、大きな「くたばれ!」だ。世界の偽善にはもううんざりだ。自分を守らなければならない。周りの世界の壊滅的な状況、ソーシャルメディア、自分の仕事や人間関係など、すべてをあまり深刻に受け止めないようにする試みだ。すべてをあまり重要視しないようにしなくてはならない。それが THE VANDALIST だ。ひどく敏感な人間の最後の歌なんだ」(Bandcamp

(11)「GODMOTHER」のMV。イスラエルを代表する歌手エデン・ベン・ザケン(Eden Ben Zaken)をフィーチュアしている。

しかし、この作品は決して陰鬱なものではない。サウンドは洗練されており、豊かな個性があり、何よりも時代の感覚に見事にはまっている。

アルバムのラスト(16)「Oh, THANK YOU!」では彼女が感謝を捧げたいアーティストたちの名前を挙げており、彼女がこれまでに実に幅広いジャンルの音楽から影響を受けてきたことを窺い知ることができる。彼女が挙げた大量の名前の中に、きっとあなたのお気に入りの名前もあるだろう。

Noga Erez 略歴

ノガ・エレズ(ヘブライ語:נגה ארז)は1989年イスラエル生まれのシンガーソングライター、プロデューサー。幼少期から様々な楽器や音楽に触れて育った彼女は、エルサレム音楽舞踊アカデミー(Jerusalem Academy of Music and Dance)で作曲を学び、ヴォーカリスト、キーボード奏者、パーカッショニストとして様々なグループやアンサンブルに参加。18歳で徴兵されたイスラエル国防軍での兵役中は軍楽隊の一員にもなった。

2011年、彼女はジャズ・アルバムの制作に取り組みほぼ完成させたが、リリースには至らず、その後はエレクトロニック・ミュージックの作曲とプロデュースに移行。プロデューサー/マルチ奏者のオリ・ルッソ(Ori Rousso)とともに楽曲を制作し、2017年にデビュー曲「Dance While You Shoot」がAppleの広告に採用されたことで一躍時の人となった。

2017年の『Off the Radar』は大きな賞賛を浴び、2021年に待望の2作目『KIDS』で更なる進化を遂げた。2022年には米国の人気バンド、ウィーザー(Weezer)とのコラボレーション「Records」や、翌年にはNETFLIXのアクション・スリラー映画作品『Heart of Stone』の主題歌に「Quiet」が採用されるなど話題となった。

『Heart of Stone』の主題歌となった「Quiet」(本作未収録曲)

彼女の音楽はオルタナティブ、エレクトロニカ、ヒップホップなどに大きな影響を受けており、そして暗喩的に政治的でもある。フライング・ロータス、ビョーク、フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマーといった音楽家をお気に入りとして挙げているが、既にノガ・エレズという個性は唯一無二の高みに達している。

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