『A Sound Heart』で始まる Jaubi の新章
パキスタン北西部の都市ラホールを拠点とするバンド、ジャウビー(Jaubi)の音楽には目を見張るものがある。ウルドゥー語で“何でも”を意味する言葉にちなんで名付けられた彼らのモットーは「良い音と良い気分のものを何でも作る」であり、その宣言通りにヒンドゥスターニー古典音楽1、スピリチュアルジャズ、ファンク、ヒップホップなどをごちゃ混ぜにする。ロンドンのAstigmatic Recordsからリリースされたデビューアルバム『Nafs at Peace』(2021年)で世界中のリスナーの度肝を抜き、ポーランドのジャズ・クインテットのEABSとの意外なコラボ作『In Search of a Better Tomorrow』(2023年)でも話題を攫った彼らが、“新章”と呼ぶに相応しい新作『A Sound Heart』でさらに進化した姿を見せた。
アルバムの幕開け(1)「Lahori Blues」は一見彼らにしては意外なほどストレイトアヘッドなジャズ・ブルースに聴こえるが、テーマが終わるといきなりゾハイブ・ハッサン・カーン(Zohaib Hassan Khan)によるサーランギー2のソロとなりJaubiらしさを全開させる。続くトランペットのソロはロンドンで活躍するニック・ウォルターズ(Nick Walters)、そして尋常でない熱量のサックスはJaubiのデビュー作でも活躍した“テンダーロニアス(Tenderlonious)”ことロンドンのエド・カウソーン(Ed Cawthorne)。
(2)「Chandrakauns」はドラムスとタブラの強力なリズムに導かれるスピリチュアル・ジャズ。ドラマーのティム・カーネギー(Tim Carnegie)はロンドンのドラマーらしいプレイで、前任のパキスタン出身カマール・アッバス(Qammar Abbas)と比較すると現代的な雰囲気を醸している。
(5)「Raga Bairagi Todi」は古典的なラーガ3に深く傾倒した楽曲で、サーランギーとカシフ・アリ・ダーニ(Kashif Ali Dhani)のタブラ、そしてテンダーロニアスのフルートが際立つ。タブラ4の音の定位が左右(高音のタブラが右ch、低音のバヤが左ch)に分かれており、没入感の高い音響体験が得られるのも面白い。
Jaubiのリーダーはギタリストのアリ・リアズ・バカール(Ali Riaz Baqar)で、彼がほとんどの作曲を行なっているが、主にバッキングに徹しておりソロは少ない。(7)「Soothing Mercy」ではそんな彼の稀少なギターソロを聴くことができる。ちなみにアルバム・ジャケットの男性はアリ・リアズ・バカールの父親とのこと。
アルバムのタイトル曲である(8)「A Sound Heart」はビル・エヴァンス(Bill Evans)の「Peace Piece」にインスパイアされた美しく印象的な楽曲。このタイトル(=“健全な心”)はイスラームの聖典クアルーン(コーラン)の「健全な心で神のもとに来る者以外は、審判の日に富も子供も何の助けにもならない」と記された一節から引用されているという。ピアノのマレク・ペンジヴャトゥル(Marek Pędziwiatr)はEABSのピアニストで、今作のほぼ全編で演奏の重要な部分を支えている。
Ali Riaz Baqar – guitar
Ed ‘Tenderlonious’ Cawthorne – flute, saxophone, synthesiser
Tim Carnegie – drums
Kashif Ali Dhani – tabla
Henry ‘Horatio Luna’ Hicks – bass
Zohaib Hassan Khan – sarangi
Marek ‘Latarnik’ Pędziwiatr – Fender Rhodes Mark II, piano, Roland Juno 60
Nick Walters – trumpet
Hamish Balfour – piano (6)
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- ヒンドゥスターニー音楽…北インドのイスラム王朝の宮廷で発展した古典音楽。ラーガやターラと呼ばれる理論に基づいた即興を中心に演奏される。 ↩︎
- サーランギー…インドやパキスタンでみられる伝統的な擦弦楽器。ヒンドゥスターニー音楽において最も重要な楽器のひとつ。 ↩︎
- ラーガ…ヒンドゥスターニー音楽において「旋律」「旋法」を意味する用語であり、演奏体系のこと。数千年にわたる歴史をもち、正確な記法は難しいため主に口伝により継承されている。 ↩︎
- タブラ…北インドの伝統打楽器。右手で叩く高音のタブラ(tabla)と、左手で叩くバヤ(baya)という2種類の太鼓でひとつのセット(=タブラ・バヤ)となる。その二つの太鼓それぞれで演奏可能な音の組み合わせは20種類以上にのぼる。 ↩︎