トランペット奏者アダム・オファーリル率いる前衛派ジャズ楽団
キューバにルーツを持つトランペット奏者/作曲家アダム・オファーリル(Adam O’Farrill)が、気鋭の女性ギタリストのメアリー・ハルヴォーソン(Mary Halvorson)や革新的な女性ヴィブラフォン奏者パトリシア・ブレナン(Patricia Brennan)らを擁するオクテットでの新作『For These Streets』をリリースした。
今作は1930年代の芸術、文化、社会的背景をテーマとし、現代的な感覚で再構築を試みた作品だ。
インスピレーションの源としてヘンリー・ミラー(Henry Miller, 1891 – 1980)、ヴァージニア・ウールフ(Virginia Woolf, 1882 – 1941)、チャールズ・チャップリン(Charles Chaplin, 1889 – 1977)、イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky, 1882 – 1971)、モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel, 1875 – 1937)、カルロス・チャベス(Carlos Chávez, 1899 – 1978)といった当時の文学、映画、音楽の巨匠たちが挙げられており、当時の世界恐慌やファシズムの台頭といった激動の社会背景の中で、同時に花開いた芸術や文化の革新に想像を巡らせつつ、現代の都市生活のリズムとも共鳴するようにデザインされている。
米国の小説家ヘンリー・ミラーの『北回帰線』(1934年)は、都市の混沌と個人の内面を描写した実験的な小説で、アダム・オファーリルの音楽における自由な表現や物語性に影響を与えた。また、ヴァージニア・ウールフの内省的な文体やジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』(1939年)に描かれた社会的テーマも、アルバムの情感や人間性に反映されている。
貧困と希望をユーモアと詩情で描いたチャールズ・チャップリンの『シティ・ライツ(街の灯火)』は、(2)「Nocturno, 1932」や、アダム・オファーリルとメアリー・ハルヴァーソンのデュオで演奏される(6)「Streets」などの映画的な情感に作用している。また、ファンタジー・ミュージカル映画『オズの魔法使』(1939年)は(9)「Rose」などでその色彩感や希望を表現している。
音楽は非常に先鋭的だ。前述のメアリー・ハルヴァーソンやパトリシア・ブレナンは言わずもがな、他も香港生まれの前衛派トロンボーン奏者カルン・リョン(Kalun Leung)、キューバ系米国人アルトサックス/フルート奏者デヴィッド・レオン(David Leon)、自身のリーダー作でも見せる革新的なアプローチで称賛されるテナーサックス/クラリネット奏者ケヴィン・サン(Kevin Sun)、ジャズと実験的ポップを融合させた独自のスタイルで知られるベース奏者タイロン・アレン2世(Tyrone Allen II)、日系人ドラマーのトマス・フジワラ(Tomas Fujiwara)といった即興芸術音楽シーンの気鋭アーティストが集い、即興を重視した相互作用的なジャズ・アンサンブルを響かせる。
アダム・オファーリルは1930年代の作品が持つ“暗闇の中の希望”や“混沌の中の創造性”を、現代のジャズの文脈で再解釈することを目指した。「For These Streets」というタイトルは、この時代の都市の喧騒や人間ドラマを現代のニューヨークに重ね合わせ、時代を超えた街の物語を表現している。
Adam O’Farrill 略歴
アダム・オファーリルは1994年ニューヨーク生まれのトランペッター/作曲家。祖父はキューバ出身の作曲家チコ・オファリル(Chico O’Farrill)、父はアフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラのリーダーであるアルトゥーロ・オファリル(Arturo O’Farrill)、母はクラシックピアニスト/教育者のアリソン・ディーン(Alison Deane)という音楽一家に育つ。
彼はキューバ、メキシコ、ユダヤ、アフリカ系アメリカ、ドイツ、アイルランドの血を引き、多様な文化的背景が彼の音楽に影響を与えた。幼少期からクラシックとジャズを学び、10代でマンハッタン音楽学校のプレカレッジプログラムに参加。2016年にバークリー音楽大学を卒業し、ジャズと現代音楽の融合を追求する。
2016年に自身のカルテット「Stranger Days」を結成し、デビューアルバム『Stranger Days』をリリース。緻密な作曲と即興のバランスが評価され、現代ジャズシーンで注目を集めた。2020年の『Visions of Your Other』では、社会的テーマを織り交ぜた実験的なサウンドで高い評価を得る。2025年、オクテットプロジェクトのデビュー作『For These Streets』をリリース。1930年代の文学、映画、音楽に着想を得たこのアルバムは、メアリー・ハルヴォーソンやパトリシア・ブレナンらと共演し、批評家から「時代を超えた傑作」と称賛された。
アダム・オファーリルはルドレシュ・マハンタッパ(Rudresh Mahanthappa)やステファン・クランプ(Stephan Crump)のプロジェクトにも参加し、サイドマンとしても活躍。ストラヴィンスキーやデューク・エリントンからの影響も受けつつ、独自の音色でジャズの可能性を広げている。
Adam O’Farrill – trumpet, flugelhorn
Mary Halvorson – guitar
Patricia Brennan – vibraphone
David Leon – alto saxophone, flute
Kevin Sun – tenor saxophone, clarinet
Kalun Leung – trombone, euphonium
Tyrone Allen II – double bass
Tomas Fujiwara – drums