クラリネット、ウード、カーヌーンの世界的トリオの新作
音楽という地球上の普遍言語で人々を繋ぐというヴィジョンのもと、20年近く活動するシークレット・トリオ（The Secret Trio）の新譜『Old Friends』がリリースされた。マケドニア出身のクラリネット奏者イスマイル・ルマノフスキー（Ismail Lumanovski）、アルメニア系アメリカ人のウード奏者アラ・ディンジャン（Ara Dinkjian）、そしてトルコ出身のカーヌーン奏者タメル・プナルバシュ（Tamer Pınarbaşı, Tamer Pinarbassi）の3人が奏でる音楽は微分音を用いるなど東欧・中東の民族音楽に根差しつつ、ジャズや西洋のクラシックともクロスオーヴァーするなど、独自の国境なき世界を巧みに表現する。
アルバムのテーマはタイトルどおり「古くからの友人」の絆を象徴し、メンバーの長年の友情と音楽を通じた文化的なつながりを反映している。収録曲は伝統歌やフォークソングを基調に、現代的なアレンジを加え、リスナーを異なる文化の世界へと導く。
シングルカットされた(5)「Bülbülüm Altın Kafeste」（黄金の檻の中の我がナイチンゲール）はギリシャ・テッサロニキの伝統的な民謡だ。アクサク（Aksak）1と呼ばれる9/8拍子のリズムや、マカームの旋法のひとつである53平均律のキュルディー（Kürdi）2が用いられており、現在の主流である3拍子や4拍子のリズムや12平均律の音階のみで構成された音楽では失われた、機微な音の“深み”を提示してくれる。
録音と制作は2023年から2024年にかけてニューヨーク・ブルックリンのクライヴ・デイヴィス録音音楽研究所（Clive Davis Institute of Recorded Music）で行われた。グラミー賞を13回受賞した伝説的サウンド・エンジニアのジム・アンダーソン（Jim Anderson）が録音とミックスを担当し、その長年の仕事のパートナーであるウルリケ・シュワルツ（Ulrike Schwarz）がマスタリングを担当している。
The Secret Trio 略歴
The Secret Trioは、アメリカ合衆国ニューヨークを拠点とするトリオ。メンバーはロマ音楽から影響を受けたマケドニア出身のクラリネット奏者イスマイル・ルマノフスキー（Ismail Lumanovski）、アルメニア系アメリカ人であり、著名な音楽家オニック・ディンジャン（Onnik Dinkjian）を父に持つウード奏者アラ・ディンジャン（Ara Dinkjian）、トルコ古典音楽の専門家であるカーヌーン奏者タメル・プナルバシュ（Tamer Pınarbaşı）で構成され、それぞれの母国文化から影響を受けた伝統音楽を融合させるスタイルを確立した。
東欧や中東の微分音階と複雑なリズムを、西洋のハーモニーと即興演奏で再解釈するアプローチは、ジャズやワールドミュージックの境界を越えるものとして世界的に高く評価されている。デビューアルバム『Soundscapes』（2012年）は伝統曲のアレンジとオリジナルを収録し、高評価を得た。以降、『Three of Us』（2016年）、『Coexist』（2022年）、最新作『Old Friends』（2025年）とリリースを続けている。ライヴ活動も活発で、ニューヨークの会場を中心に世界ツアーを行い、マイケル・リーグ（Michael League）がプロデュースを務めたベッカ・スティーヴンス（Becca Stevens）とのコラボレーション作品『Becca Stevens & The Secret Trio』も広く注目された。
トリオのミッションは、音楽を通じて文化の壁を越え、人々を繋ぐこと。異なる民族のメンバーが友情を基に演奏する姿は、音楽を通じた世界平和の象徴としても評価されている。
- アクサク（Aksak）…2拍と3拍の組み合わせでできた非対称（アシンメトリック）な拍子を特徴とするリズムシステム。名称は「足を引きずる」、「つまずく」、「倒れる」を意味し、西洋の民族音楽学者によって借用され、一般に不規則な、または加法的な変拍子を指すようになった。 ↩︎
- キュルディー（Kürdi）…トルコのマカム音楽における音階の一つで、 53平均律（1オクターヴを53等分すること）で演奏される。
トルコ古典音楽で扱われる最小音程は9:8の音程比の全音を9等分した音程であり、これは53平均律とほぼ等しい。 ↩︎