10年以上ぶりのイダン・ライヒェル・プロジェクト新作!世界をつなぐ珠玉のサウンド、再び。

Idan Raichel Project - Tower of Light

イスラエルのメロディ・メイカー、イダン・ライヒェル新作

イスラエルを代表するSSWであるイダン・ライヒェル(Idan Raichel)が、イダン・ライヒェル・プロジェクト(Idan Raichel Project, ヘブライ語:הפרויקט של עידן רייכל)名義の新作『מגדל של אור』をリリースした。タイトルは光の塔(Tower of Light)と訳される。

イダン・ライヒェル・プロジェクトとしては2013年の『Quarter to Six』以来、実に10年以上ぶりのアルバムだ。音楽性の根幹の部分はこれまでと変わらず、特定のジャンルに縛られずに様々な音楽文化を融合し、卓越したメロディーメイカーとしてのセンスで至上のポピュラー音楽に仕上げたものとなっている。

今作も多彩なアーティストたちが彼のもとに集っている。

(1)「עד שיפריד בינינו ים」(海が僕らを分つまで)ではアルメニア系アメリカ人のウード奏者アラ・ディンジャン(Ara Dinkjian)をフィーチュア。珍しくインストゥルメンタルだが、イダンのピアノの伴奏で厳かに演奏されるウードは物悲しい音色を奏でる。

(2)「עד שתחזרי אליי」(あなたが戻ってくるまで)はイダン・ライヒェルらしい美しいバラードだ。歌詞は遠くに去っていった大切な人を想う内容で、喪失感に暮れる心情を描く。

(2)「עד שתחזרי אליי」

(3)「بلدي」(私の国)はドゥルーズ派1のアラブ系イスラエル人歌手ロアイ・アリー(Loai Ali)が歌う。今作では唯一のアラビア語曲だ。
(4)「תחזור」(戻ってきて)で美しい声を聴かせる女性歌手はイスラエル出身のSSWロニ・ダルミ(Roni Dalumi)。

イダン・ライヒェルの楽曲は聴けばすぐに口ずさめるほど印象的なメロディーのものが多いが、今作もその傾向は変わらない。ベテラン俳優/歌手ギディ・ゴフ(Gideon “Gidi” Gov)が歌う(5)「כל יום מחדש」(再び毎日)はほとんどJ-POPのような王道のコード進行で、少々耳に残りすぎるかもしれない。

(5)「כל יום מחדש」

つづく(6)「Жил Человеĸ На Свете」(男は世界に生きていた)をロシア語で歌うのはベラルーシ生まれのアルカディ・デューチン(Arkadi Duchin)。ロマ(ジプシー)音楽を思わせる曲調も今作の中では異質だ。

(9)「לי לא אכפת」(気にしない)は2023年のユーロヴィジョンのイスラエル代表曲「Unicorn」を共同で書いたSSWメイ・スファディア(May Sfadia)が歌う。この曲のMVには、次のようなキャプションが添えられている:

このダンス クリップは、ガザでの戦争で選択を失った5人の女性の物語とシェアからインスピレーションを受けて制作されました。
私たちは彼らの日々の闘いを、あらゆる部屋、あらゆる物体、あらゆる動きに反映させます。 このプロジェクトは彼らのため、そしてこの暗い時代に少年、少女、配偶者、親、友人を失ったすべての傷ついた心のためのものです。

YouTube

(9)「לי לא אכפת」

アルバムは陰と憂いを帯びた曲がほとんどだが、ラストの(10)「ילדים של קיץ」(夏の子どもたち)には幾らかの希望に縋る気持ちも垣間見える。

(10)「ילדים של קיץ」

イダン・ライヒェル・プロジェクトとして5枚目の今作はこれまでの彼の作品とは異なり、アーティスト名、タイトルともにヘブライ語表記のみ。アルバムのリリースは2024年2月6日だが、4月末時点で国外での積極的な販促は行われていないようだ。
ご存知のように、イスラエルを取り巻く国際世論は厳しい。2023年10月7日のハマスによる奇襲攻撃を受けて始まった戦争におけるパレスチナ・ガザ地区での数々の同国の残虐な行いを擁護するような彼のSNS上での発言とも無関係ではないだろう。

Idan Raichel プロフィール

イダン・ライヒェル(ヘブライ語:עידן רייכל, 「イダン・レイチェル」とカナ表記されることも)は1977年にイスラエル中央地区のクファル・サバに生まれた。家系は東ヨーロッパにルーツを持つアシュケナージ系ユダヤ人で、音楽は彼の生い立ちの重要な要素だったが、両親は特定の文化的背景から音楽を演奏することは重視していなかった。 イダンはのちに幼少期の家庭に強い音楽的ルーツがなかったという事実が、世界中の音楽に対してオープンになれた理由だと語っている。

彼は9歳にジプシー音楽とタンゴに魅了されアコーディオンを弾き始め、高校ではジャズピアノを学んだ。18歳でIDF(イスラエル国防軍)での兵役に就いた際は軍楽隊で演奏し、全国の軍事基地などでイスラエルや西洋のヒット曲のカヴァーを演奏。バンドの音楽監督として、アレンジを加えてライヴショーをプロデュースすることを学んだ。

兵役を終えると彼は自宅の地下室のスタジオで、作曲家/プロデューサーとしての自身の音楽的ヴィジョンを反映したプロジェクトに取り組み始めた。デビュー作となったアルバム『The Idan Raichel Project』(2022年)には楽曲ごとに様々なアーティストとコラボレーションを行い、総勢30名以上の音楽家が参加。その多くはエチオピア出身の音楽家で、歌詞にもヘブライ語のほかアムハラ語2が多用された。最初のシングルである「Bo’ee (Come With Me)」はイスラエル国内で大ヒットし、アルバムも日本を含む世界中で話題となった。

イダン・レイヒェルはかねてより、人々が互いの文化を理解し、学ぶことで真の平和が訪れるという見解を表明している。一方でイスラエルの芸術家にはユダヤ国家の広報活動において積極的な役割を果たす義務があると意見したり、イスラエルで兵役を拒否する者はイスラエル社会の最底辺にいるとの主張や、また2023年10月のハマスによるイスラエル奇襲攻撃を受け、ガザ地区においてハマスに抵抗しない一般の人々はハマスの共犯者として扱わなければならないと主張するなど、その言動には批判も寄せられている。

  1. ドゥルーズ派…イスラム教シーア派のイスマーイール派から分派した宗派。レバノンを中心に、シリア・イスラエル・ヨルダンなどに多く信者が存在する。イスラム第三の宗派と呼ばれることもあるが、独自の聖典を持ち、異端として扱われることも多い。 ↩︎
  2. アムハラ語…エチオピアの事実上の公用語。 ↩︎

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