星座を五度圏にプロットし生まれた、革新的ジャズ。鬼才パトリシア・ブレナン新譜

Patricia Brennan - Of the Near and Far

現代最高峰のヴィブラフォン奏者、Patricia Brennan 新作

パトリシア・ブレナン(Patricia Brennan)という音楽家が放つ無限のインスピレーションには、毎度本当に驚かされる。彼女の2025年新譜『Of the Near and Far』を一聴すれば、このメキシコ出身、NYを拠点とするヴィブラフォン奏者/作曲家の才能がいかに特異なものであるか分かるだろう。今作は弦楽カルテットも加えた(指揮者を含めて)11人という広めの編成で、ジャズとも現代音楽ともつかないような、これまでに聴いたこともない音楽を奏で、耳を最高に楽しませてくれる。

前作『Breaking Stretch』でも垣間見せた、パトリシア・ブレナンの宇宙への興味関心が今作では全開に表れており、それが音楽自体にも大きな影響を及ぼしている。彼女は夜な夜な星空を眺め、望遠鏡を覗き、この宇宙の“果て”へと想いを巡らせてきた。星々の広がりの均衡や対称性に、混沌の中にある秩序を見出した彼女は、そうした宇宙の法則をどのようにすれば音楽とリンクさせることができるかを考えたという。

彼女自身の解説によると、2024年の夏にその“閃き”があったようだ:

2024年の夏、私は星座から音程と数値データを収集できるプロセスを開発しました。星座の形を五度圏に重ね合わせ、星座の対称性が音楽的な対称性(和声的または旋律的)に変換できるのではないかと考えました。五度圏は、音程を順序立てて構成する高度な対称性構造です。星座の形をこの円にマッピングすることで、音程、コード、さらには調号の間にも新たな関係性を発見しました。これらの関係は、伝統的な音楽理論からではなく、純粋に星座の対称性から生まれたものです。

驚いたことに、私が収集したピッチコレクションの多くは調和的に協和しており、理論的な観点から「意味をなした」ものでした。私が収集した素材は、私の作曲プロセスの原材料となりました。このレコードのほとんどの作品は、私が収集したデータに基づいており、それぞれの作品は星のユニークなパターンから描かれています。

bandcamp.com

つまり、星座の形を五度圏1にプロットし、そこからハーモニーやメロディーを構築するという独自の手法によって生まれた音楽が今作の収録曲というわけだ… 何も知らずに聴きはじめて、「なんだこの音楽は!」となった理由はここにあった。

五度圏
五度圏(Circle of fifths)

そして何よりも素晴らしいのは、このアイディアを機械的・無機質的に処理するのではなく、生身の人間ならではフィルターを通して芸術音楽に昇華させた彼女の手腕だろう。クラシック音楽の素養をもとにした現代音楽的なアプローチで、さらにジャズの即興の余地を多く残し、突飛な発想から人間的で温かな手触りの音楽を生み出す芸当はなかなかに稀有ではないだろうか。

(2)「Aquarius」

極めて個性的なヴィブラフォン奏者、Patricia Brennan

パトリシア・ブレナンはメキシコ合衆国ベラクルス生まれ。音楽を愛する家庭に恵まれ、幼少期から父親と一緒にサルサのレコードに合わせパーカッションを叩き、母親と一緒にジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリンを聴き、ピアニストだった祖母の影響でピアノも習い始めた。

17歳のときにはアメリカ全土のミュージシャンからの選抜メンバーとしてアメリカのユース・オーケストラの一員としてアメリカ大陸のすべての国をツアーし、この時にヨーヨー・マやパキート・デリベラとの共演も果たしている。

2021年にリリースされた初のソロアルバム『Maquishti』は絶賛され、ニューヨーク・タイムズによる2021年のジャズアルバム・ベスト10にも選出された。

グラミー賞にノミネートされたジョン・ホレンベック・ラージ・アンサンブルとマイケル・フォルマネク・アンサンブル・コロッサスのメンバーでもあり、ビジェイ・アイヤーとリンダ・オーらによるプロジェクト、ブラインド・スポットのメンバーでもある。

Modney – violin
Pala Garcia – violin
Kyle Armbrust – viola
Michael Nicolas – cello
Sylvie Courvoisier – piano
Miles Okazaki – guitar
Kim Cass – bass
John Hollenbeck – drums, percussion
Arktureye – electronics
Patricia Brennan – vibraphone with electronics, marimba
Eli Greenhoe – conductor

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  1. 五度圏(Circle of fifths)…音を「完全5度」おきに並べて輪にした図。音楽のキー(調)の関係性を視覚的に示しており、各調の調号(シャープやフラットの数)が視覚的に理解でき、西洋音楽理論における作曲や即興に役立つ。 ↩︎
Patricia Brennan - Of the Near and Far
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