孤高の表現者ダファー・ユセフ、ACTからの初リーダー作
独自の表現の道を歩むチュニジア出身のウード奏者/歌手/作曲家ダファー・ユセフ(Dhafer Youssef)が、ドイツのレーベル、ACTからリーダーとして第一弾となるアルバム『Shiraz』をリリースした。伝統的なアラブ音楽を精神的な神秘とともにジャズの世界と融合させた稀有な音楽家である彼が、さらなる精神的・音楽的深化を見せた美しい作品だ。
前作『Street of Minarets』(2023年)ではハービー・ハンコック(Herbie Hancock)、やマーカス・ミラー(Marcus Miller)、デイヴ・ホランド(Dave Holland)、ヴィニー・カリウタ(Vinnie Colaiuta)といった“アメリカのレジェンド”たちをバンドメンバーに従え、世界中のジャズファンを驚かせた彼だが、このメンバーの選択がダファー・ユセフの音楽にぴったりとハマっていたかと言うと、疑問も生じていたというのが本音だ。
今作はその経験を踏まえてか、バンドメンバーにはヨーロッパの若手を起用。とりわけピアノのスペイン出身ダニエル・ガルシア(Daniel García)やトランペットのオーストリア出身マリオ・ロム(Mario Rom)はダファー・ユセフらしいスピリチュアルなサウンドに見事に溶け込む素晴らしい演奏を披露しており、彼の新しい選択が正しかったことを証明している。
今作にはほかにザヴィヌル・シンジケートのエティエンヌ・ムバッペ(Etienne Mbappe)の息子であり近年フランスのジャズシーンで注目されるベース奏者スワエリ・ムバッペ(Swaéli Mbappe)や、ユッスー・ンドゥールのバンドなどで活躍したロイ・エールリヒ(Loy Ehrlich)の息子であるドラマー、タオ・エールリヒ(Tao Ehrlich)が参加し、(3)「Eyeblink and Eternity (Pt. 2)」や(7)「The Epistle of Love (Pt. 3)」といった楽曲での解像度の高い現代ジャズ的な演奏で大きく貢献。
盟友グェン・レ(Nguyên Lê)はギタリストとして数曲に参加するほか、サウンドエンジニアとしても関わっているようだ。(10, 11)「Zakir Bhai Eternal Longing」などはどこか東洋的な精神性を感じさせるが、グェン・レの音楽観との融合の結果かもしれない。
闘病する妻に捧げる、“これまででもっとも個人的な”アルバム
今作はダファー・ユセフのこれまででもっとも“個人的な”作品とのこと。アルバムのタイトルには彼の妻であり映画監督として知られているシラーズ・フラディ(Shiraz Fradi)の名が冠せられている。楽曲もすべてが彼女との物語であり、彼女のために書かれた愛と感謝の歌である。
コロナ禍の直後、彼女には癌が見つかり、二人は困難な現実を受け入れる必要性に迫られた。
ダファー・ユセフは語っている:
3回目の化学療法のことは、決して忘れられない瞬間だった。私が部屋に入った時にシラーズの体はそこにあったが、彼女の魂はどこか別の場所へ彷徨っていた。 私が見つめても、彼女が私を見返すことはなかった。 彼女は泣いていて、私はあまりにも無力で、どうすればいいのか分からなかった。
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そんな彼女に届き、彼女を癒し、私たちのもとへ連れ戻すことができたのは、音楽だけだった。 そのとき私は悟ったんだ。次のアルバムにつけられる名前は、ただひとつ「シラーズ」しかない、と。
彼女のためなら、私は何冊でも本を書ける。彼女が開いてくれた扉について、彼女がもたらしてくれた光について。けれども、私は今ここで彼女を讃えたいのです。彼女の歩んだ道のりを、その気高さを。
Dhafer Youssef プロフィール
ダファー・ユセフ(アラビア語:ظافر يوسف)は1967年にチュニジア北東部のテブルバで生まれ、幼い頃から伝統音楽を学ぶ傍らでラジオでジャズを聴き興味関心を高めていった。20歳の頃にジャズ・ミュージシャンを志し、1988年当時チュニジアからビザなしで渡航できる欧州で唯一の国であったオーストリアに渡り、窓拭きや皿洗いの仕事をこなしつつ音楽家として活動。ウードをメインとした中東音楽を軸にヨーロッパのジャズやエロクトロニカ、インド音楽などを融合させた独創的なサウンドと、鼻を押さえながら圧倒的な高音域で歌う独特の唱法も披露し徐々に注目を浴びるようになる。東京国際映画祭グランプリを受賞した映画『もうひとりの息子』(2012年)の音楽を担当したことでも知られている。
彼は文化のない小さな町の出身に生まれた、と語る。
事実、音楽コンサートも映画館も博物館もない人口3万5000人程度の町からダファー・ユセフの人生ははじまった。家にある本はコーランだけで、壁には一枚の絵も飾られていないような家庭だ。
芸術が人生の中心となった彼は今、愛や寛容、共感を持って、自分自身のやり方で世界を目指すことが重要だと説く。心を開き、多くの旅行をし、世界中さまざまな料理を試し、偏見を持たずに生きる姿勢がこの驚くべき成功へとつながったのだという。
これまでに彼はザキール・フセイン(Ustad Zakir Hussain)、ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)、ジョン・ハッセル(Jon Hassell)、オマール・ソーサ(Omar Sosa)といった世界中の最高のアーティストたちとの共演を重ねてきている。2023年にはジャズ/フュージョンの巨匠ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)やマーカス・ミラー(Marcus Miller)らをバンドに迎えたアルバム『Street of Minarets』を発表し、話題となった。
Dhafer Youssef – oud, vocals
Daniel García Diego – piano
Mario Rom – trumpet
Swaeli Mbappe – electric bass
Tao Ehrlich – drums
Nguyên Lê – electric guitar, sound design (4, 10, 11, 13)