セバスティアン・マッキ 7枚目のアルバム『Grita en mí』
アルゼンチン・ブエノスアイレスのSSW/ピアニスト、セバスティアン・マッキ(Sebastián Macchi)による2025年の新作『Grita en mí』。5人編成の新しいバンド、コレクティーヴォ・バルディオ(Colectivo Baldío)による録音で、これまでの彼の作品と比較するとエレクトリックの比重が少し増したが、その美しい感性から紡ぎ出される瑞々しい楽曲群はなおも健在で、豊かな音楽体験を約束する素晴らしい内容となっている。
今作ではルイス・アルベルト・スピネッタ(Luis Alberto Spinetta)、シャルリー・ガルシア(Charly García)、フィト・パエス(Fito Páez)といった往年のアルゼンチン・ロックからの顕著な影響が見られ、特に(3)「De humos y humedales」(煙と湿地)などはシンプルなエイトビートのリズムやエレクトリック・ギターをサウンドの基盤としつつも、リトラル1地方の伝統文化や隣国ブラジルの音楽やジャズの影響も重なり合い、決して単調ではない色彩でセバ・マッキの世界観を表現。歌詞は失われゆく湿地2のことを歌っており、環境問題への彼の意識を反映している。
本当に大切なことというのは
誰にも顧みられないことなのかもしれない
影と遊ぶ幼い少女や
隣人がふと漏らす口笛のような島々からは煙が立ちのぼり
sebastianmacchi1.bandcamp.com
野原が灰へと変わっていく
今日という日に……
目を背ける者たちは、一体どこを見ているのか
どんな言葉を紡ぐというのか
妖精たちも、グアラニーの精霊も泣いている
知っているのだ、私たち自身が湿地であることを
前述のような外的な歌だけではない。たとえば(4)「Flores efimeras」(儚い花)は、蝶やハチドリといった小さな生命の躍動を通して、忘れかけていた童心や自己愛を取り戻していく様子を情緒豊かに描き出している。少年の頃の感性を解き放つことの大切さを歌うこの歌は、彼の豊かな魂そのもののように思える。
「難破した社会、あるいは既に過ぎ去ってしまったものの中で、生への叫びを訴え続けるメッセージなんだ」セバ・マッキは今作について、このように語っている。
(5)「Sangres y elementos」(血と元素)で歌われる四元素にまつわるスピリチュアルな詩の深みや、繊細なリズムやコードで色付けされた(9)「Envés」(裏側)での彼の詩学の真骨頂──ある存在の死(落ちた花びら)が別の生命の維持(蟻の糧)へと繋がる、自然界の循環と慈悲を象徴している──は、あらゆる芸術や文化にとって極寒の時代である現代社会に対する、並外れた感性を持った音楽家/芸術家からの示唆に富んだメッセージだ。
Sebastián Macchi プロフィール
セバスティアン・マッキは、アルゼンチンのピアニスト/シンガーソングライター。1975年にブエノスアイレス州ラプラタに生まれ、幼少期をエントレ・リオス州の州都パラナで過ごした。
パラナ川の風景や沿岸部の文化から強い影響を受け、音楽を通じて自然の印象や現実の声を発信するスタイルを確立。アルゼンチン・フォルクローレ、ジャズ、ロック、ブラジル音楽などの要素を融合させ、詩的な歌詞で環境問題、喪失、愛、死、幼少期、仮想性などのテーマを探求する。音楽キャリアは1990年代後半に始まり、ソロ・ミュージシャンとして活動を展開した。2005年に初のアルバムにして“不朽の名作”の評価を得た『Luz de Agua』をリリース。これは地元の詩人フアン・ラウレンティーノ・オルティス(Juan Laurentino Ortiz, 1896 – 1978)の作品を基にしたもので、以降、カルロス・アギーレ(Carlos Aguirre)が主宰するレーベル、シャグラダ・メドラ(Shagrada Medra)を中心に作品を発表している。
主なディスコグラフィーには、ソロピアノの『Piano Solito』(2017年)、トリオ編成の『Aguasílabas』(2019年)、『Melodía Baldía』(2022年)があり、日本ではインパートメント(Inpartmaint Inc.)から一部が流通されている。
Colectivo Baldío :
Fernando Silva – electric bass
Gonzalo Diaz – drums
Luciana Insfrán – keyboard, vocals
Marcelo Gastaldi – electric guitar
Sebastián Macchi – piano, classical guitar, vocals
Guest :
Lua – Vocals (4)
- リトラル(Litoral)…パラナ川に面したアルゼンチン東部のエントレ・リオス州 、コリエンテス州、 サンタフェ州の三州を指す。歴史的には、すぐ南方のブエノスアイレスよりも、ウルグアイとの繋がりが深い。 ↩︎
- 失われゆく湿地…南米最大級の湿地帯であるルゼンチンのパラナ川流域などの湿地帯は、開発や放火による環境破壊が深刻な社会問題となっている。(3)「De humos y humedales」の最後の「Somos humedal(私たちは湿地である)」という一節は、自然と人間が切り離せない同一の存在であることを示唆している。 ↩︎