ポルトガルの鬼才ブルーノ・ペルナーダス 待望の5thアルバム
おそろしいほどの完成度のアルバムだ。
ポルトガル・リスボンの鬼才、ブルーノ・ペルナーダス(Bruno Pernadas)の2026年新作『unlikely, maybe』は、さまざまなジャンルのごった煮を押しも押されもせぬ“ポップス”に仕立て上げる彼の才能が際立つ。前作『Private Reasons』がパンデミック渦中の2021年のリリースだから、実に5年ぶりの満を持しての新作。ジャズやサイケロックを基軸にブラジル音楽やハイライフ、ダブといった要素も混在させ、細部まで音楽的にも音響的にも凝ったことをやっていながら、純然たるポップスとして機能する驚くべき作品だ。
本作はスタジオだけでなく、ペルナーダス自身の自宅アパートでもレコーディングが行われている。防音設備のない環境での音が入り込むことで、過去作での完璧主義的な構築美に、ある種の生々しい質感が加わる。雑然としたアルバム・ジャケットは自宅の制作環境をそのまま写真に収めたもので、今作が彼の日常の中から生まれ、その延長線上に形成された音楽であることを明示する。
楽曲にも随所に意図的に“違和感”になるようなポイントが仕込まれており、これが心地よさの中にある“奇妙な引っ掛かり”となって、何度もリピートしたくなってしまう。
これまで以上に多彩な女性ヴォーカリストたちの参加も今作の特徴だ。
(2)「Juro que vi túlipas」ではポルトガルの新星マヤ・ブランディ(Maya Blandy)をフィーチュア。レトロ・フューチャーなジャズのグルーヴ、奇妙な変拍子、オートチューンのヴォーカルといった要素が混ざり合い、混沌とした世界観に誘う。
ブラジルをルーツに持つ米国人歌手リヴィア・ネストロフスキ(Lívia Nestrovski)が歌う(4)「Já não tem mais encanto」も最高だ。ポルトガル語の響きと洗練されたブラジリアン・グルーヴが溶け合い、アルバムのハイライトのひとつとなっている。
さらに長年の共演者であるレオノール・アルナウト(Leonor Arnaut)、マルガリーダ・カンペーロ(Margarida Campelo)らの歌声は、楽器の一部のようにアレンジメントの中に組み込まれ、楽曲を彩っている。
Bruno Pernadas 略歴
ブルーノ・ペルナーダスは、ポルトガルのリスボンを拠点に活動するマルチ奏者/作曲家/プロデューサー。ジャズ、スペース・エイジ・ポップ、ソフトロック、サイケデリック、さらには西アフリカのハイライフやエレクトロニカに至るまで、膨大な音楽的語彙を自在に操り、それらをひとつのポップ・ミュージックとして結晶化させる稀有な才能の持ち主として知られている。
13歳からクラシックギターを学び始め、リスボン音楽院でジャズ・ギターを学んだ彼は、クラシックから即興演奏まで幅広い素養を身につけた。2014年のソロデビュー作『How Can We Be Joyful in a World Full of Knowledge?』で、その緻密なレイヤー構造とドリーミーな旋律が世界中の音楽愛好家の注目を集めた。続く2016年には、ポップ・サイドの傑作『Worst Summer Ever』と、よりジャズに傾倒した『Those Who Throw Objects at the Crocodiles Will Be Asked to Retrieve Them』という対照的な2作品を同時期に発表し、その多作さと底知れない創作意欲を見せつけた。
彼の音楽の最大の特徴は、複雑なコード進行や変拍子といった技巧的な要素を、あくまで軽やかで色彩豊かな「楽園の音楽」へと昇華させる編曲術にある。2021年作『Private Reasons』では、そのサウンドはさらなる進化を遂げ、ストリングスやホーン、重層的なコーラスワークが織りなす万華鏡のような多国籍サウンドを確立。細野晴臣やステレオラブといったアーティストを彷彿とさせるレトロ・フューチャーな美学を提示し、日本を含む世界各地のリスナーから絶大な支持を得るに至った。
また、自身のソロ活動のみならず、映画音楽の制作や演劇のための劇伴、他のアーティストのプロデュースなど、多方面でその手腕を発揮している。特定のジャンルに安住することなく、常に「音の探究者」として未知の響きを追い求める彼の姿勢は、現代のオルタナティヴ・ミュージックにおいて極めて重要な位置を占めている。