注目の女性ジャズサックス奏者メリッサ・アルダナ、念願の中南米バラード曲集『Filin』

Melissa Aldana - Filin

キューバのフィリンに影響されたジャズ・バラード集『Filin』

チリ出身のサックス奏者メリッサ・アルダナ(Melissa Aldana)の新作『Filin』は、彼女の念願だったというバラード集だ。キューバのレジェンド、ゴンサロ・ルバルカバ(Gonzalo Rubalcaba)をピアノに迎え、1940年代から60年代にかけてキューバで流行した歌謡スタイルであるフィリン(Filin)にインスパイアされたジャズを聴かせてくれる良盤となっている。

今作は息遣いまで聴こえる、美しいサックスがとにかく素晴らしい。今作でメリッサ・アルダナは現代ジャズらしい複雑なコンポジションや幾何学的なフレーズをあえて抑え、テナーサックスの一音一音の響きを如何に静寂に溶け込ませるかに集中している。このサックスは、個人的にはオデッド・ツール(Oded Tzur)のそれをも想起させる。この種の音楽はときに極度な“甘さ”に陥りがちだが、メリッサ・アルダナの演奏は知的で、求道者の精神を感じさせる。逆に、かつて超絶技巧で知られたゴンサロ・ルバルカバがハーモニーの豊かさを重視したソフトな表現をしたり、ブラシを多用するドラマーのカッシュ・アバデイ(Kush Abadey)の演奏が典型的な“甘すぎる”ジャズ・バラードの罠に嵌り、メリッサ・アルダナの目指す精神性とは少しベクトルをずらしてしまっているようにも感じてしまう部分も。

(1)「La Sentencia」

今作について、メリッサ・アルダナはピアニストのゴンサロ・ルバルカバの提案でこのスタイルを選び、スペイン語の歌詞を通じてアメリカン・スタンダードとは異なる親近感を感じたようだ。収録曲はカリブ〜中南米の名曲のカヴァーで構成されており、特にフィリンの創始者として知られるセサル・ポルティージョ・デ・ラ・ルス(Cesar Portillo de la Luz, 1922 – 2013)作曲の(2)「Dime Si Eres Tú」は象徴的な選曲となっている。

マルタ・バルデス(Marta Valdés)作曲の(3)「No Te Empeñes Más」はメリッサが子供の頃に母親がよく家でかけていたという、彼女にとって思い入れの強い楽曲。チャーリー・ヘイデン(Charlie Haden)がゴンサロ・ルバルカバと共演したアルバム『Nocturne』のヴァージョンに影響を受けている。
ゲストとしてセシル・マクロリン・サルヴァント(Cécile McLorin Salvant)が参加し、魅力的なヴォーカルを聴かせてくれる。

アルバムにはスペイン語圏だけでなく、ブラジルから生まれた曲も取り上げられている。
セシル・マクロリン・サルヴァントが歌う(5)「Las Rosas No Hablan」はブラジル、サンバの巨匠カルトーラ(Cartola, 1908 – 1980)の名曲「As Rosas não falam」(沈黙のバラ)のスペイン語カヴァーだ。原曲の哀愁溢れるサンバを、しっとりとしたヴォーカル・ジャズとして聴かせており、両曲はまるで別物。
つづく(6)「Little Church」は2025年に惜しくも他界した鬼才エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal, 1936 – 2025)の曲で、1971年のマイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926 – 1991)のエレクトリック・アルバム『Live-Evil』に初収録されたもの。コード感が希薄で実験的な原曲だが、ここではゴンサロ・ルバルカバのピアノとピーター・ワシントン(Peter Washington)のベースによってしっかりとテンションたっぷりのハーモニーがつけられ、絶妙なジャズ・バラードに昇華されている。

(6)「Little Church」

Melissa Aldana 略歴

メリッサ・アルダナは1988年にチリの首都サンティアゴに生まれた。プロのサックス奏者であった父マルコス・アルダナ(Marcos Aldana)の影響を受け、6歳からサックスを手にしている。当初はアルトを吹いていたが、12歳の頃にソニー・ロリンズの演奏を聴いて衝撃を受け、テナーサックスへと転向したという。祖父もまたプロの奏者であり、彼女が最初に使用したテナーは祖父から受け継いだセルマー・マークVIであった。

10代半ばには地元のジャズクラブで演奏活動を開始し、ピアニストのダニーロ・ペレス(Danilo Perez)に見出されたことで国際舞台への足がかりを掴む。高校卒業後に渡米し、ボストンのバークリー音楽大学へ進学。ジョージ・ガゾーン(George Garzone)やジョー・ロヴァーノ(Joe Lovano)といった巨匠たちに師事した。2009年の卒業後はニューヨークへ拠点を移し、本格的にキャリアを始動させている。

彼女の名を世界に知らしめたのは、2013年のセロニアス・モンク・国際ジャズ・コンペティションでの優勝だ。これは南米出身者として、また女性インストゥルメンタリストとして史上初の快挙であり、ジャズ界に大きな衝撃を与えた。その後は自身のトリオや女性ジャズ奏者のオールスター・ユニット「ARTEMIS」での活動、さらに2022年からは名門ブルーノート・レーベルと契約し、『12 Stars』(2022年)や『Echoes of the Inner Prophet』(2024年)といった独創的なリーダー作を発表している。

Melissa Aldana – tenor saxophone
Gonzalo Rubalcaba – piano
Peter Washington – double bass
Kush Abadey – drums

Guest :
Cécile McLorin Salvant – vocal (3, 5)

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