トルコ出身のSSW/クラリネット奏者Ezgi Sevgi Can、初のソロ作
トルコ出身のシンガーソングライター/クラリネット奏者、エズギ・セヴギ・ジャン(Ezgi Sevgi Can)によるデビュー・アルバム『Karanfiller』が素晴らしい。全曲がエズギ・セヴギ・ジャンの作詞作曲で、彼女自身はヴォーカルとクラリネットを担当。サウンドは親しみやすい西洋音楽と、マカームに根差した微分音や変拍子が見事に融合しており、音楽的にも新鮮な感動がある作品だ。しかしその裏には、彼女と彼女の家族をめぐる悲劇的な運命と、15年以上にわたって闘い続ける、彼女の強さが隠されていた。
(1)「Güz Düşü」は平和な小鳥の鳴き声とともに始まる。幸せな日常の風景そのものだ。その後すぐにエレクトリック・ピアノによって5拍子のリズムが提示され、エズギ・セヴギ・ジャンの歌が始まる。
曲のタイトルはトルコ語で「秋の夢」。秋は彼女にとって家族との幸せな記憶と、その後に訪れた悲劇の予感の両方を内包する季節だ。中盤からのクラリネットのソロがかつて存在した美しい日々を振り返るように悲しく、美しく響く。
(2)「Hep Öyle」(いつもそうだった)は東欧風の哀愁が漂うコード進行に、サリフ・コルクト・ペケル(Salih Korkut Peker)が弾く伝統楽器サズと、シルヴァン・デュベール(Sylvain Dubert)のエレクトリック・ギターが寄り添うように絡み合う。イリアス・アラポグル(Elias Arapoglou)の繊細なドラム、淡々とルートと5度の音を刻むダブルベースのニコラス・フルーリー(Nicolas Fleury)の演奏も抒情的で素晴らしい。
兄の死と、彼をめぐる15年以上の彼女の闘い
10/8拍子のリズムが特徴的なタイトル曲(3)「Karanfiller」(カーネーション)は、このアルバムの中でももっとも重要な曲だ。
この楽曲は彼女の実兄であるオヌール・ヤセル・ジャン(Onur Yaser Can, 享年28)氏に捧げられている。彼は2010年6月にイスタンブールで警察によって拘束され、その後何度も不当な尋問と拷問を受けた末、警察による人権侵害を訴えるメモを残して自ら命を絶った。
この事件後、エズギ・セヴギ・ジャン含む遺族は、オヌール・ヤセル・ジャン氏をめぐり警察による不当な取り調べや供述書の改竄、人権侵害などがあったとして告訴。裁判は彼の死から15年にわたり続いており、トルコにおける人権と司法のあり方を問う象徴的な事件となった。2014年に母親が息子の裁判の進展のなさに絶望し自死、さらには最期まで拷問の罪で警察官が裁かれることを要求していた父親も2019年に心臓疾患により急逝し、今ではエズギ・セヴギ・ジャンが唯一の遺族として、兄の名誉と尊厳を取り戻すために争いを続けている。
▷ 参考リンク:オヌール・ヤセル・ジャン事件について伝えるBBCの記事
トルコにおいてカーネーションは「不滅の愛」や「記憶」、「哀悼」を象徴している。歌詞の中では、去っていった人が残した残り香や、土に還り、また花として咲き誇る命の循環について描かれており、絶望で息が止まりそうな瞬間から、再び呼吸を整え、生きていく決意を込めた独白のような内容が歌われる。
エズギ・セヴギ・ジャンにとって、音楽制作と演奏は、個人的な抵抗と癒しのプロセスの一部だった。音楽を物語や感情を共有する手段と捉え、今作では喪失と悲しみ、記憶、悲しみの中の癒し、そして再生に焦点を当てている。
家族を失った悲しみと、そして再生のための歌たち
重く寂しげなコントラバスのアルコと、クラリネットの中低音のイントロに導かれる(4)「Çiçeklerim」(私の花)では、自分自身の内面をひとつの庭に見立て、そこに咲く花々(=家族の思い出や彼ら自身の存在)を枯らさないようにと、守り続ける様子を歌う。伝統的な歌唱法を取り入れた歌声も心に深く響く。
(5)「Bir Nefes」(ひと呼吸)では、司法や権力といった強大な敵と独り闘い続ける彼女の孤独が窺える。「命はひと呼吸ほどすぐ先で燃えているのに/私を連れて行ってはくれない/壁の向こう側へ落ちてしまった春たち/私はあなたへと手を伸ばす」…
(6)「Karanlıklar」(暗闇)には、トルコの伝統的なアクサク(aksak)と呼ばれる9拍子(2+2+2+3)のリズムが用いられている。
ラストの(7)「Aklın Ruhunla」(あなたの心と魂で)はブルージーな響きで、彼女の受容と和解の歌として機能している。去っていった兄や両親が、今もなお彼女の知性の中に記憶として、魂の中に存在として生き続けているという、新しい形での共生を宣言する内容だ。
このアルバムは、音だけを聴けば心地よいジャズに乗せた深く優しげなヴォーカルによる美しい音楽だが、前述のようにトルコの現代社会が抱える痛みや、個人の喪失からの回復という非常に重厚なテーマが内包されている。そして彼女が歌う切なる言葉と同等か以上に、その美しいクラリネットの音色には悲しみが込められている。
Ezgi Sevgi Can 略歴
エズギ・セヴギ・ジャンは、トルコ・アンカラ出身のクラリネット奏者/歌手/作曲家。トルコではイスタンブール工科大学と並ぶ最難関であるアンカラの中東工科大学(METU)で社会学を専攻しながら、クラリネットのレッスンを開始し、歌唱とクラシカル・フラメンコギターの訓練も受けた。彼女が音楽を通じて人権や司法の問題、あるいは文化間の対話といった社会的なテーマを扱う背景には、大学での専門的な学びが深く関わっている。
大学卒業後にフランス・パリに移住。2012年にフランス・パリで結成された多国籍バンド、コレクティフ・メズ・バザール(Collectif Medz Bazar)の創設メンバーとして音楽家として本格的にキャリアを開始し、アナトリアやバルカンの伝統音楽にジャズやロックを融合させた音楽を多言語で発信してきた。演奏面では主にクラリネットを用い、トルコの伝統的な旋律体系であるマカームと現代ジャズの即興性を組み合わせたスタイルを特徴とする。
2015年のフランス映画『Les Anarchistes』(邦題:アナーキスト 愛と革命の時代)ではクラリネット奏者として出演している。
彼女のキャリアは、2010年に警察の不当な拘束と拷問によって弟のオヌール・ヤーセル・ジャンを亡くした事件と深く関わっている。事件後の裁判中に両親も亡くなり、彼女は唯一の遺族として、警察の責任と公文書偽造を問う法廷闘争を15年以上にわたり続けてきた。2025年11月には初のソロアルバム『Karanfiller』をリリースし、家族への哀悼と再生、そして社会的不当への抗議を音楽へと昇華させた。現在はイスタンブールとパリを拠点に、音楽活動を通じて人権や司法のあり方を世に問い続けている。
Ezgi Sevgi Can – clarinet, vocals
Sylvain Dubert – guitars, kanun
Adem Gülşen – Rhodes, piano
Nicolas Fleury – double bass
Elias Arapoglou – drums
Salih Korkut Peker – saz, cümbüş (2, 5)
Elâ Nuroğlu – percussion (1)