アルメニア生まれのスパニッシュギター弾き
バハグニ(Vahagni, 旧芸名Vahagn Turgutyan)はアルメニア出身、主に米国LAで活躍中のギタリストだ。
父親も同じくギタリスト、母親は女優という家庭に育ち、幼少期に故郷アルメニアを離れ米国LAに移住。
父親の影響もあり10代でフラメンコに傾倒し、スペインに渡りパコ・セラーノ(Paco Serrano)やマノロ・サンルーカル(Manolo Sanlucal)といった名手に師事しフラメンコギターを習得。LAに戻ったあとは音楽の最先端の街でジャズやラテンといった音楽も幅広く吸収し、故郷アルメニアの伝統音楽もブレンドした独自のスパニッシュギターのサウンドを切り拓いている。
そんなバハグニの2015年作『Imagined Frequencies』は彼の最高傑作だ。
“凄いけど難しい”イメージが先行するフラメンコギター
ギターを少しでも知っている人なら、フラメンコギターというジャンルに属するギタリストの巧さは誰もが認めるところだろう。
実際にフラメンコのギタリストとしては故パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)やトマティート(Tomatito)、ビセンテ・アミーゴ(Vicente Amigo)といった大御所がワールドワイドに知られているし、彼らが弾くフラメンコ独特の奏法は、それ以外のジャンルのギター音楽をやっている者にとっては異常としか思えないほど、尋常でなく上手い。まるで敵わない。
…だが、それゆえにフラメンコギターという世界はとても奇妙で難しく思え、なかなかとっつきにくいのも事実だ。パコ・デ・ルシアの音楽を聴いて「すげえ!」と思ったところで、いざフラメンコを齧ってみようとしても基本は12拍子だの、ラスゲアードだの、アバニコだのアルサプーアだの、ソレアだのブレリアだのと聞き慣れない用語だらけでまず挫折する。
フラメンコギターのアルバムを何枚か探して聴いてみたとしても、多くは伝統的な何かに縛られており、凄いとは思ってもハマる、とまでいかない音源が多い──そんな風に思っている方は多いのではないだろうか。
バハグニは、“ただのフラメンコギタリスト”ではない
バハグニの音楽はフラメンコをベースにしていながらも、決して伝統的なフラメンコギターではない。確かにジャズの影響があり、現代的な洗練があり、さらにあまり聞き慣れない何か(おそらくは彼のルーツであるアルメニアの伝統音楽の影響によるもの)がある。
とにかく、圧倒的に「面白い」のだ。
ひとつのジャンルに捉われない多様なスタイルを融合するギタリストとして、今後の活躍が楽しみで仕方ないギタリストなのだ。
そしてもうひとつのバハグニの持ち味は新旧の名フラメンコギタリストにも劣らないギターの演奏技術である。
簡単にいうと、超バカテクなのである。…バカなテクって一体なんなんだよ。
冒頭に紹介した「Pomegranates」MVでも、楽曲の中間で訳のわからない超絶ギターソロを披露しているのが印象的だ。
だが、彼はそれを見せびらかすだけでなく、それを人類共通の財産としようとしている──バハグニ はYouTubeで自身のチャンネルを持っており、そこで様々なフラメンコギターのテクニックを紹介しているのである。
冒頭に紹介した「Pomegranates」をゆっくり解説してくれる動画などは、ギタリストの端くれとしてはまさに神の領域である。
…ちなみに私は“6弦のチューニングをBまで下げる”という最初のところで挫折した。そんな面倒なことやってられっか。
だが根気あるギタリストなら、この曲がどのように弾かれているか知る上で、アーティスト本人による解説というのはこの上ない教材だろう。
これだけゆっくり弾いてもかっこいいのだから、フラメンコというのは凄い音楽である。