ジャズを選択した、クラシックピアノの“神童”
1977年、アゼルバイジャンの首都バクーに生まれたシャヒン・ノヴラスリ(Shahin Novrasli)は幼少期よりクラシックのピアニストとしてその才能を発揮した。11歳で地元の交響楽団と共演しバッハやベートーベン、モーツァルト、ショパンなどを演奏するなど、神童として将来を期待された逸材だった。
しかしその後、バクーが東欧最大のジャズの都として栄えていく中で出会ったアゼルバイジャンの伝統音楽とジャズを融合させた“ムガームジャズ”の創始者であるヴァギフ・ムスタファザデ(Vagif Mustafazadeh)や、ジャズを志すピアニストなら誰もが憧れるキース・ジャレット(Keith Jarrett)といった音楽に多大な影響を受け、いつしかジャズピアニストとしての道を歩むことに。
2017年にフランスのレーベル、Jazz Village, PIASから『Emanation』を発表。クラシックやモダンジャズ、そしてムガームジャズといった影響下にある独特の音楽性で注目を浴びることになった。
憧れのピアニスト、アーマッド・ジャマルとの出会い
アゼルバイジャン出身の注目のピアニスト、シャヒン・ノヴラスリ(Shahin Novrasli)の2019年作『From Baku to New York City』は、これまでアゼルバイジャンの首都バクーを中心に活動していた彼が、米国ニューヨークというジャズの爆心地にその活動の領域を移し発表した最初の作品。
2014年にシャヒン・ノヴラスリはジャズピアノの巨匠アーマッド・ジャマル(Ahmad Jamal, 1930年7月2日-)に出会い、決定的な影響を受けた。
本作は、なんとそのアーマッド・ジャマルのトリオのリズムセクションを務めたジェームス・キャマック(James Cammack, ベース)、ハーレン・ライリー(Herlin Riley, ドラムス)を招き録音されている。
ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)の名曲(1)「Both Sides Now」から始まる本作『From Baku to New York City』は、バクーからニューヨークに進出し世界的な成功を収めつつあるピアニストの夢の軌跡だ。
セロニアス・モンク(Thelonious Monk)作曲の(2)「52nd Street Theme」は、オスカー・ピーターソンを彷彿とさせるブロックコードや超高速のアドリブに圧倒される。
マイケル・ジャクソンのバラードの名曲「She’s Out of My Life」や、ジャズスダンダードの「Stella by Starlight(星影のステラ)」も素晴らしい。
リズムセクションの二人はシャヒン・ノヴラスリからすれば20歳も歳の離れた大先輩だが、彼らからしてもさらに20歳以上も歳の離れた伝説的ピアニストのアーマッド・ジャマルを後継するピアニストとして、アゼルバイジャンから来た恐るべき才能、シャヒン・ノヴラスリは注目に値する音楽家だったのだろう。
忘れてはならないのが、ヴァギフ・ムスタファザデの(7)「Memories」をアルバムのハイライト的な位置付けで取り上げているところだ。
ムガームジャズに特徴的なエキゾチックなフレーズを、(7)「Memories」にとどまらず、いくつかの楽曲でシャヒン・ノヴラスリに染み付いた痕跡としてアドリブの中で聴くことができる。
かつてクラシックピアノでその名を轟かせたシャヒン・ノヴラスリのピアノは、今作でも素晴らしく軽やかで圧倒的だ。