アナ・コスタとゼリア・ドゥンカンが多彩な女性Voを迎えて創った奇跡のアルバム
2019年も年の瀬を迎えた頃、奇跡のような素晴らしいサンバ・アルバムがリリースされた。
そのアルバム『Eu Sou Mulher, Eu Sou Feliz』は、ブラジルを代表するSSWゼリア・ドゥンカン(Zélia Duncan)が発案し、ゼリアとアナ・コスタ(Ana Costa)によって作曲された曲を、同じくブラジルを代表するたくさんの女性アーティストたちが歌うという音楽プロジェクト。
ジョイス、シモーネ、レイラ・ピニェイロ、フェルナンダ・タカイ、モニカ・サウマーゾなどなど、日本でもブラジル音楽ファンの間でよく知られた女性アーティストが多数参加しており、まさに夢の共演の様相を呈している。
全ての女性たちに捧げられる讃歌
アルバムタイトルの『Eu Sou Mulher, Eu Sou Feliz』は、“私は女性、私は幸せ”という意味のポルトガル語だ。このプロジェクトに賛同し、ブラジルの音楽界の先頭を走ってきた多数の女性アーティストたちによって署名された本作は、サンバを軸としたブラジル音楽文化の金字塔であると同時に、世界的な潮流としての女性の権利を謳う芸術作品としても象徴的な内容だろう。──特に、女性差別発言を繰り返すブラジルのボウソナロ大統領に対するアンチテーゼとしての意味合いは大きい。
大御所ビア・パエス・レメ(Bia Paes Leme)がプロデュースを務める本作は、全16曲がアナ・コスタとゼリア・ドゥンカンの共作による新曲で構成されている。
アルバムはジェネシス(Genesis)とレチシア・ブリート(Letícia Brito)によるポエトリー・リーディングで幕を開ける。
続く“マホン(栗色の娘)”の愛称で親しまれるサンバ歌手アルシオーニ(Alcione)によって歌われる(2)「Uma Mulher」はサウダージ感覚に溢れるストレートなサンバ。6弦のガットギター、7弦ギターによるベースライン、カヴァキーニョ、そしてパンデイロやスルドなどのパーカッションという編成がとても心地良いグルーヴを生んでいる。
(3)「Sou a Lua do Sertão」は1980年代頃より活躍を続けるベテラン歌手エルバ・ラマーリョ(Elba Ramalho)によって歌われるしっとりしたバラード。様々な情感を含んだ深みのある歌声が素晴らしい。
アルバムの表題曲である(4)「Eu Sou Mulher, Eu Sou Feliz」は、こちらも大ベテラン歌手のシモーネ(Simone)によって歌われるサンバ。
続くレイラ・ピニェイロ(Leira Pinheiro)による(5)「Lida do Amor」はピアノとエレクトリック・ベース、そしてクイーカ、タンボリン等のパーカッションをバックにこれも世界随一の歌声を堪能できる録音。イントロなどに名曲「Aquarela do Brasil(ブラジルの水彩画)」のメロディーが引用される。
(6)「Saias e Cor」はパゴーヂの名バンド、スルル・ナ・ホーダ(Sururu Na Roda)を立ち上げ、そして近年脱退した天才アーティスト、二ウジ・カルヴァーリョ(Nilze Carvalho)による歌唱。
(7)「Deixa Comigo」はジョイス・モレーノ(Joyce)が歌う。彼女が1980年にリリースした瑞々しい感性の傑作『Feminina』は現在でも日本の商業施設等でBGMとして流れていることも多く、本作の中でも最も日本で知られた歌手だろう。
(13)「Antes Só」は生粋のサンビスタ、マルチーニョ・ダ・ヴィラ(Martinho da Vila)の娘であるマルチナリア(Mart’nália)とマイラ・フレイタス(Maíra Freitas)の姉妹によるデュエット。
(14)「Voltei Pra Mim」はパト・フ(Pato Fu)のヴォーカリストであり、世界一有名な日系歌手フェルナンダ・タカイ(Fernanda Takai)と、ナス・ロドリゲス(Nath Rodrigues)という歌手のデュエット。ちょっとトボけた感じの曲調がパト・フっぽい。
(15)「Não É Não」は老舗サンバチーム、マンゲイラ所属のクイーカ奏者でもあるSSWマヌー・ダ・クイーカ(Manu da Cuíca)と、本作で数曲に参加しているパーカッション奏者としても知られるラン・ラン(Lan Lanh)による歌唱の共演。サンバ・ヂ・エンヘード(カーニヴァル用のサンバ楽曲)のような長調と短調を自在に行き来する変化に富んだ曲調と、打楽器のアンサンブルが美しい名曲だ。
ラストは2019年前半に伝説的ギタリストのギンガ(Guinga)と共に来日し話題となったモニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)がピアノをバックに歌うバラード「Nascer Mulher」。
本作では曲名や歌詞に頻繁に「Mulher(女性)」という単語が登場しており、たとえポルトガル語を解さなくとも、歌を通じて彼女らの心は通じてくる。
個を尊重し多様性を認め合う社会という世界的な潮流の中で肯定的にフェミニズムを捉えるためにも、世界に名を知られるブラジルの女性アーティストたちが結集したこの作品が果たす意義は大きい。