消費されたバズワード“ミナス新世代”
アントニオ・ロウレイロ(Antonio Loureiro)やアレシャンドリ・アンドレス(Alexandre Andrés)の出現は、2010年代のブラジル音楽に起きた奇跡のようなものだった。彼らによるポップスやロック、ジャズ、クラシック、そしてブラジルの伝統音楽を境目なく融合した複雑でありながらも瑞々しく輝く音楽はここ日本でも多数の著名ミュージシャンや批評家、音楽ファンたちによって熱狂的に迎え入れられ、このシーンを生んだ土地の名──それはかつて、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)やロー・ボルジェス(Lo Borges)、トニーニョ・オルタ(Toninho Horta)といった“街角クラブ(クルビ・ダ・エスキーナ)”の面々を生んだ土地だった──を冠し、“ミナス新世代”あるいは“現代の街角クラブ”と呼ばれひとつのムーヴメントになった。
しかし、いつしかその“ミナス新世代”という定義の曖昧な呼称は単にミナス出身の若手ミュージシャンを売り込むための便利なだけの呼称になり、消費されるようになった。
“ミナス新世代”はもう使い古された…そう思い始めていた頃に、ちょっと言葉では言い表せないほど素晴らしい新人がミナスから現れた。
ダヴィ・フォンセカ(Davi Fonseca)。ジャズを消化したピアニストでありプログレッシブな曲を書く作曲家、そして特徴的な声を持つ優れたシンガーである彼を紹介するのに、今こそ“ミナス新世代”という言葉を久々に使いたい。
アルバム『Piramba』でデビューしたばかりのダヴィ・フォンセカこそ、ミナス新世代と呼ばれるミュージシャンの中でも突出した新たな才能で、最も注目されるべき音楽家だ。
ミナスから規格外の超大型新人、ダヴィ・フォンセカがデビュー
ダヴィ・フォンセカの『Piramba』は、全人類必聴に推したいほど素晴らしい作品だ。これはもうアントニオ・ロウレイロの『Só』や、アレシャンドリ・アンドレスの『Macaxeira Fields』といった“ミナス新世代”の名盤に匹敵する傑作だと思う。
彼の才能がどれ程魅力的かは、この記事にもいくつかリンクしたYouTubeの映像をぜひ観ていただきたい。今ジャズの世界で流行りのラージアンサンブルにも通じる高度で緻密な作曲・アレンジ、そこにさりげなく混ぜ込まれるブラジル伝統音楽というセンスの良さ、各人の高い演奏力や創造力が発揮されるアドリブパート、ヴォーカル曲と器楽曲のバランス感覚の良さ、多彩なゲストを巻き込む力、などなど。
全8曲の収録曲はどこから聴いても驚きに満ちている。
アルバムにはダヴィ・フォンセカ(ピアノ, ヴォーカル)の他、なんとその“ミナス新世代”代表格であるアレシャンドリ・アンドレスがフルートで全面参加(!)。
ビリンバウやヴィブラフォンの音色が耳を惹く女性奏者、ナタリア・ミトリ(Natália Mitre)はピアニストのルイーザ・ミトリ(Luisa Mitre)の妹で、姉のバンドなどでも活躍する現代ミナス界隈で注目の音楽家だ。
他にもアコーディオンのハファエル・マルチニ(Rafael Martini)やギタリストのフェリピ・ヴィラス・ボアス(Felipe Vilas Boas)、歌手のモニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)など現在のブラジル音楽シーンを代表する面々もゲストで参加している。とても本作でデビューを飾る若者の作品とは思えない豪華さだ。
ダヴィ・フォンセカはミナスジェライス州の州都ベロオリゾンチを拠点に活動している27歳。間違いなく今後のブラジル音楽シーンを担っていくであろう稀有な才能であることは疑いようがない。
Davi Fonseca – piano, vocal
Alexandre Andrés – flute
Alexandre Silva – clarinet
Camila Rocha – bass
Natália Mitre – vibraphone, berimbau
Yuri Vellasco – drums, percussion
Guests :
Felipe Vilas Boas – guitar (1)
Irene Bertachini – vocal (1)
Mônica Salmaso – vocal (5)
Rafael Martini – accordion (5)
…and more
『月刊ラティーナ』にてダヴィ・フォンセカ インタビュー掲載中!
紙媒体としては最終号となる『月刊ラティーナ 2020年5月号』にて、ダヴィ・フォンセカのインタビュー記事を執筆しました。
Web版ラティーナ「ミナスが生んだ 驚くべき新しい才能 DAVI FONSECA インタビュー」