アンドレ・メマーリ渾身の歌曲集
ブラジルのピアニスト/作曲家、アンドレ・メマーリ(André Mehmari)の2枚組全30曲におよぶ大作『Canteiro』(2011年)は、あらゆる楽器に精通し、ジャズ、クラシック、ポピュラー音楽の境目なく活躍する稀代の天才アーティストの真髄であり最高傑作のひとつだ。
様々な歌手を迎え、「歌」にフォーカスした本作は全曲がアンドレ・メマーリによる作曲。とても丁寧に紡がれたメロディーはどれもが耽美な世界観を持つ名曲ばかりで、彼の音楽への尽きない愛が溢れ出る。
アルバムにはメマーリ自身を含む12人の作詞家、15人の歌手、26人の楽器奏者が参加し、全曲が異なる編成で演奏される。アンドレ・メマーリのピアノ、ネイマール・ヂアス(Neymar Dias)のベース、セルジオ・ヘゼ(Sérgio Reze)のドラムスという基本のトリオに、現代ブラジル音楽を代表する様々な音楽家たちが入れ替わり立ち替わり参加し、万華鏡のようなサウンドを創っていく。中にはヴォーカルとギターのみ((2-4)「Sal, Saudade」)、ヴォーカルとピアノのみ((2-11)「Modular Paixões」)といった小編成のものもあれば、2枚それぞれのラストを締めくくる、一方はヴォーカル入り、そしてもう一方はインストで再演される祝祭の高揚感漂うビッグバンド編成の「Brilha o Carnaval」まで、その内容は驚くほどに多彩だ。
歌手陣もまた豪華。
モニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)、セルジオ・サントス(Sérgio Santos)、カルロス・アギーレ(Carlos Aguirre)、ナ・オゼッチ(Ná Ozzetti)、レアンドロ・マイア(Leandro Maia)、チアゴ・ピニェイロ(Tiago Pinheiro)、ルシアーナ・アルヴェス(Luciana Alves)といった優れた歌手が多数参加している。
アルバムに収録された楽曲はどれも哲学的、詩的で美しいものばかりだが、個人的にはヴィオラ・カイピーラ(複弦5コースのブラジルの伝統的なギター)の音色が煌びやかに輝く(2-1)「Festa dos Pássaros」、アルゼンチン音楽の至宝カルロス・アギーレの歌が静かに心に沁みる(1-6)「Cruce」、ルシアーナ・アルヴェスのナチュラルな澄んだヴォーカルが印象的な(13)「Vento Bom」などが特に好きだ。
そして、やはり自在に鍵盤を駆け巡るアンドレ・メマーリのピアノがとにかく素晴らしい。メマーリはソロピアノ作品、ジャズのピアノトリオ、クラシックなど様々なフォーマットでその卓越したピアノを披露してくれているが、歌に寄り添いつつ沸き起こるインスピレーションで自由に弾きまくる歌ものの伴奏で、より一層その稀有な才能が輝くように思う。彼の歌伴は一聴して彼と分かるほど自由で特徴的で、本当に美しい。
アルバムタイトルの「Canteiro」は、ポルトガル語で“歌”を表す「Canto」、“花壇”を表す「Canteiro」、“歌集”を表す「Cancioneiro」それぞれの意味を掛け合わせたもの。
ブラジル史上最高の音楽家が生み出した、驚くほどハイクオリティな音楽にぜひ耳を傾けてほしい。
現代ブラジル音楽のキーマン
アンドレ・メマーリは1977年、リオデジャネイロ州の都市ニテロイの生まれ。
ピアニスト/作曲家/アレンジャー/プロデューサーとしてジャンルの垣根を越え高い評価を得ているが、自身の作品ではピアノ以外の楽器を演奏することも多く、ギター、ヴァイオリン、コントラバス、フルート、トランペット、ホルン、パーカッションなど多彩な楽器を演奏する。
その音楽の才能は早くから示され、10歳でジャズを学び、作曲も開始。
1995年からサンパウロ州立大学で学び始めると、同年、同大学のブラジルのポピュラーミュージック(MPB)のコンテストで優勝。さらに2年後にはクラシック音楽の分野でも同じ栄誉を得た。
作曲家や編曲家としてはオーケストラや舞台音楽などの他、2007年のパンアメリカン競技大会、2016年のリオデジャネイロ五輪の閉会式での仕事も。
次から次に素晴らしい作品を連発する多作家として知られ、ブラジルを代表する歌手ナ・オゼッチ(Ná Ozzetti)との共作『Piano e Voz』(2005年)、イタリアのジャズクラリネット奏者ガブリエーレ・ミラバッシ(Gabriele Mirabassi)とのデュオ『Miramari』(2005年)、バンドリン奏者アミルトン・ジ・オランダ(Hamilton de Holanda)との『Gismontipascoal』(2013年)、アルゼンチンの音楽家カルロス・アギーレ(Carlos Aguirre)とフアン・キンテーロ(Juan Quintero)とのトリオによる『Serpentina』(2017年)等々、これまでに20枚以上の作品をリリースしている。