現代ブラジル器楽シーンの要、ジョアナケイロス新譜
エルメート・パスコアールの愛弟子イチベレ・ズヴァルギ(Itibere Zwarg)のグループ出身、現在は複数のプロジェクトに参加しブラジル器楽シーンの要となっている木管楽器奏者、ジョアナ・ケイロス(Joana Queiros)の新譜『Tempo Sem Tempo』。
コロナ禍の自粛生活の中でより自身の感覚が研ぎ澄まされたという彼女の深い内面世界を写し出したようなスピリチュアルな音楽。
収録曲はほぼジョアナ・ケイロス一人でクラリネットやサックス、自身のヴォーカルを多重録音したものになっている。クラシックや現代音楽、ジャズが強固な基礎となってはいるものの、その上に築かれているこの実体の掴めない美しい音はジョアナ・ケイロスという類稀な才能そのもの。
(1)「O Barco」はクラリネットのキーノイズや“音”にならないくぐもった息など、彼女らしい表現でいきなりその魅力の中に引き摺り込む。徐々に浮かんでくるバス・クラリネットのベースライン。そしてクラリネットによる奇妙なメロディー。これほどまでに、その楽器の隙間からこぼれ落ちるノイズでさえも逃さずに“聴きたい”と思わせてくれる音楽がほかにあるだろうか。合気道も学ぶなど、深い精神世界に生きるジョアナ・ケイロスという音楽家の真髄を見せつけられる。
(2)「Memórias」は三連符のリズムを孕んだ旋律と、一定の拍を刻むクリック音の役割を持つパーカッションで始まるが、いつのまにかパーカッションのリズムはバラバラに崩壊していき、いつしかオーガニックな背後の環境音へ変わっていく。
こうした魔術的な表現の中にも、彼女の吹く木管には常に血の通った温かさがあり、命やその営みの美しさを感じずにはいられない。
(3)「Seu Olhar」はジルベルト・ジル(Gilberto Gil )の楽曲のカヴァー。ジョアナ・ケイロスによって大胆に再構築されたアレンジ。ゲストの女性ドラマー、マリア・ポルトガル(Mariá Portugal)はジョアナも参加する前衛バンド、クアルタベー(Quartabe)のメンバー。
(4)「Cidade」には現代最高峰のパンデイロ奏者、セルジオ・クラコウスキ(Sergio Krakowski)が参加。さりげなく効果的なエフェクト処理が駆使されたパンデイロ演奏で、このプリミティヴなようでいて実は超繊細なハンドドラムの音に集中して聴いているだけでも楽しい。
(6)「Jóia」はカエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)のカヴァー(この選曲センスも凄い)。ジョアナ・ケイロスはヴォーカルを複雑なハーモニーで重ね、さらに音響処理を施す。さりげなくやっているが、相当クレイジーだ。
(7)「Tempo Sem Tempo」はゼー・ミゲル・ウィズニキ(Zé Miguel Wisnik)のカヴァー。サンプラーも彼女の音楽としては新鮮な表現。
ラストの(8)「Dois Litorais」は3曲目でドラムを叩いていたマリア・ポルトガルの作曲で、幾重にも重なる木管楽器とサンプラーの音が脳を静かに刺激する。
コロナ禍の中でさらに感性を研ぎ澄ませるジョアナ・ケイロス
ジョアナ・ケイロスが自粛生活の中で記した文章をスパイラル・レコーズのWebサイトで読むことができるが、本当に素晴らしい名文だと思う。
何が起こるか分からない時代の流れの中で、その豊かな感受性とポジティヴな思考で変化に対応していく姿勢。彼女は人生は常に学びの連続だと知っている。
社会は急激に変わろうとしている。ある国では、経済活動が途絶えた瞬間に自然が再生したとも訊く。いま私たちはその在り方や活き方を見つめ直すときなのかもしれない。
Joana Queiroz – clarinet, tenor saxophone, bass clarinet, vocals
Sergio Krakowski – pandeiro (4)
Dominico Lancellotti – drums, percussion, MPC (6)
Mariá Portugal – drums (3)