クラリネット奏者キナン・アズメとNDRビッグバンドの共演作
アラブ音楽、クラシック、ジャズと幅広く活躍するシリア出身のクラリネット奏者キナン・アズメ(Kinan Azmeh)が、ドイツを代表するジャズ・ビッグバンドであるNDRビッグバンド(NDR Bigband)と共演した2021年作『Flow』。すべての作曲はキナン・アズメで、アラブと西洋が見事に融合した魅力的な音楽を、ビッグバンドの壮大なスケールで映し出す。
非常に多様性に富んだアルバムだ。
現代音楽的なニュアンスの(1)「Clarinet Concerto」から、タブラの音も魅惑的なアラビック・ジャズ(2)「The Canteen」、中東音楽の旋律を用い終始ミステリアスな(3)「Little Red Riding Hood」など、各楽曲のモチーフそれだけでも魅力的だが、ビッグバンドの指揮者であるヴォルフ・ケルシェク(Wolf Kerschek)によるアレンジはそこに秘められた物語性をより強め、現実と神話の混在したような幻惑の音世界へと導く。意外性に驚く場面転換、いくつもの物語が同時進行するかのようなポリリズム。丁寧な作編曲と即興演奏のバランスも素晴らしく、新鮮な驚きが連続する音の洪水に圧倒される。
ヨルダン国境に近いシリア南西部の都市ダルアーをタイトルに冠した(5)「Daraa」は冒頭から混沌としたポリリズムに彩られた楽曲で、ステファン・ロッテルマン(Stefan Lottermann)による苦痛に喘ぐようなトロンボーンのソロと、その後になだれ込んでくるトランペットの切り裂くようなフレーズが心に棘のように刺さる。
ダルアーという街は貧困率が高く、2011年から続くシリア内戦の発端の地でもあるようで、この地の人々の絶望的な苦しみを世界に伝えようとする。
Kinan Azmeh プロフィール
キナン・アズメは1976年シリア・ダマスカス生まれ。6歳からクラリネットを始めた彼は、8歳のときに初めて曲を書き、タイトルに「お母さんへ」と付けたが、1年後に少し罪悪感を感じて「お父さんと妹」も付け加えたという。
ダマスカスの音楽院でアラビア音楽やクラシックを学び、米国ニューヨークのジュリアード音楽院で音楽の修士号を取得した。1997年、ロシアのモスクワで開催されたニコライ・ルビンスタイン国際青少年コンクールでアラブ人として初めて優勝。
クラリネットのソリストとしてニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団、シアトル交響楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、カタール・フィルハーモニー管弦楽団、シリア交響楽団など世界各地のオーケストラで演奏したり、ヨーヨー・マ、ジョン・マクララフリン、ラーシュ・ダニエルソンといった著名な演奏家と数多くの共演を重ねてきた。
キナン・アズメは音楽をジャンルに分類することを嫌う。彼にとって音楽とはただの音楽であり、クラシック、東洋、西洋、または現代音楽といった分類は意味のないものだという。彼がこれまでにあらゆる音楽から少しずつ影響を受け、彼自身のものとして消化し、その時々のインスピレーションを得て演奏する音楽は、それはどのようなサウンドであれ、等しくキナン・アズメという極めて個性的なアーティストの音となって表れる。
Kinan Azmeh – clarinet
NDR Bigband :
Thorsten Benkenstein – trumpet
Ingolf Burkhardt – trumpet, flugelhorn
Claus Stötter – trumpet
Percy Pursglove – trumpet
Fiete Felsch – saxophone
Peter Bolte – saxophone
Matthew Halpin – saxophone
Frank Delle – saxophone
Luigi Grasso – saxophone, bass clarinet
Dan Gottshall – trombone
Lisa Stick – trombone
Stefan Lottermann – trombone
Ingo Lahme – trombone
Roland Cabezas – guitar
Ingmar Heller – double bass
Florian Weber – piano
Bodek Janke – drums, tabla
Marcio Doctor – percussion
Wolf Kerschek – arranger, conducter