ヘルゲ・リエン新作はノルウェーに没した師へ捧げる葬送曲
ノルウェーのピアニスト、ヘルゲ・リエン(Helge Lien)の新譜『Funeral Dance』は、彼が師と仰ぐウクライナ生まれのピアニスト、ミハイル(ミーシャ)・アルペリン(Mikhail Alperin, 1956 – 2018)への追悼を込めて制作したアルバムだ。自身のトリオに加えミーシャとの共演歴もあるサックス奏者のトーレ・ブルンボルグ(Tore Brunborg)を迎えており、静かに、そして確かな意志をもって偉大なピアニストを悼む。
アルバムは2018年5月にノルウェーの首都オスロでミハイル・アルペリンが亡くなった直後に当時のトリオとのリハーサルでコンセプトが完成した。ミーシャの死後ちょうど1年となった2019年5月11日から各地のコンサートでこれらの曲が演奏され始め、同年10月に中国の北京ジャズ・フェスティヴァルにクヌート・オーレフィアール(Knut Aalefjaer, ds)とヨハネス・エイク(Johannes Eick, b)とのトリオで演奏したときにアルバムの制作をしなければならないと確信したという。
ヘルゲ・リエンがミーシャをどれほど敬愛していたかは、この作品に寄せられた彼の言葉から窺い知ることができる:
ミーシャは初めて出会った瞬間から私の世界をひっくり返しました。
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そのとき私は19歳でしたが、それ以来、彼は私に大きな影響を与え続けました。以後私たちはあまり会うことはありませんでしたが、会うたびに私はエネルギーとインスピレーションで満たされました。そして、すべてのミーティングで、彼は少なくともひとつの小さなことを言い、それがアカデミーの廊下での短い会話であれ、彼のオフィスでの2時間の独白であれ、その後何か月も私が考えることになりました。
彼は強烈でした。
彼は人生と愛を祝いました。
彼は歌い、踊り、確かに音楽を通して生きていました。
「葬送のダンス」を表すアルバムタイトルには、常にユーモアを忘れず、歌や踊りを愛したミーシャへの深い愛情が込められている。
彼の死を悼むのではなく、歌と踊りで彼の人生を祝いたい──。北欧随一のピアニストであるヘルゲ・リエンの美意識が感じられる作品だ。
ミハイル(ミーシャ)・アルペリン
今作で言及されるミハイル・アルペリン(Mikhail Alperin)はウクライナ・ソビエト社会主義共和国で1956年にユダヤ人の家庭に生まれたピアニスト/作曲家。1980年にソ連で最初のジャズ・アンサンブルのひとつを結成した。その後モスクワに移りロシアの伝統音楽やクラシック、ジャズを融合したモスクワ・アート・トリオ(Moscow Art Trio)を結成、リーダーを務めた。
1993年にノルウェーの首都オスロに移住。ノルウェー音楽アカデミーの教授を務め、ヘルゲ・リエンらを指導した。
サックス奏者トーレ・ブルンボルグも参加した『North Story』など、ミーシャ・アルペリン(Misha Alperin)名義でECMから複数の作品をリリースしている。
北欧ジャズを牽引するピアニスト、Helge Lien
ピアニスト/作曲家のヘルゲ・リエンは1975年生まれ。
オスロのノルウェー音楽アカデミーで音楽を学び、2000年にソロ作『Talking to a Tree』でデビュー。同年『Liker』を録音したサックスとチューバとのやや前衛的なトリオでは南麻布のノルウェー大使館で演奏を行うなど、新たな北欧ジャズの旗手として注目を集めた。
フローデ・ベルグ(Frode Berg, b)、クヌート・オーレフィアール(Knut Aalefjær, ds)とのトリオのデビュー作となった『What Are You Doing the Rest of Your Life』(2001年)はその独特の美しい世界観で日本でもピアノトリオの名盤として評価されている。
妻が南麻布のノルウェー大使館に勤務しており日本語にも精通していたためヘルゲも日本贔屓なことで知られ、楽曲タイトルに度々日本語タイトルをつけており、『Natsukashii』(2011年)、『Guzuguzu』(2017年)というアルバムも。
長いキャリアの中で、自身のプロジェクトの他にサイドマンとしても活躍。名実ともにノルウェーのジャズを牽引する存在だ。
Helge Lien – piano
Johannes Eick – double bass
Knut Aalefjaer – drums
Tore Brunborg – tenor saxophone