進化するラテンジャズを示した『Timba a la Americana』
キューバ出身のピアニスト/作曲家アロルド・ロペス=ヌッサ(Harold López-Nussa)の新譜『Timba a la Americana』は、1980年代後半にキューバで誕生した大衆音楽“ティンバ”をテーマに、独自のエッセンスを織り込んだ色彩豊かで楽しいラテンジャズ作品だ。アロルド・ロペス=ヌッサにとってブルーノート・レコードからの初作であり、プロデューサーはスナーキー・パピー(Snarky Puppy)のマイケル・リーグ(Michael League)が務めている。
ここには新しいラテン・ジャズがある。
従来のキューバ音楽の常識を捨て去り、自身の経験や探究心から来る新たな実験を自由に盛り込んだ音楽に昇華する。(1)「Funky」はその象徴のような楽曲・演奏だ。曲をグルーヴさせる強力なシンコペーションはラテンのアイデンティティだが、スイス出身のグレゴア・マレ(Grégoire Maret)のクロマチック・ハーモニカはヨーロッパ的な抒情性を持ち込み、マイケル・リーグが加える幾つかのシンセもアロルド・ロペス=ヌッサの新境地を祝うかのよう。
古いマンボを打ち破るかのようなイントロ部分が印象的な(2)「Cake a la Moda」はアロルドのピアノとグレゴア・マレのハーモニカの即興の掛け合いが印象的だが、中間部以降では重厚な下降進行やタムを多用したルイ・エイドリアン・ロペス=ヌッサ(Ruy Adrián López-Nussa, アロルドの弟)のドラミング、エフェクトのかかったキーボード・ソロなど強烈なインパクトを与える。
アルバムはエレクトリック・ピアノとグレゴア・マレによる哀愁のハーモニカが美しい(3)「Mal Du Pays」で一息入れるが、(4)「Rat-a-Tat」以降も凄まじくエネルギッシュな演奏が続き、音楽の喜びからくるポジティヴなメッセージを発信し続ける。
今作は従来のキューバ音楽を特徴づけていたクラーベ(clave)のリズムパターンも意図的に排除されていることに気づく。おそらくはマイケル・リーグのアイディアも、キューバ随一のピアニストであるアロルド・ロペス=ヌッサに大きな影響を与えたのだろう。強烈な個性を持ったアフロ・キューバン音楽が先進的なジャズと見事に融合し、おそらくはこれからもワールドワイドに様々な音楽と融合し進化してゆくのだろう。
音楽の未来への展望が開けるような作品だ。
ラテンジャズの名家に育ったピアニスト
アロルド・ロペス=ヌッサ(Harold López-Nussa)は1983年キューバ・ハバナ生まれ。
彼の家系を辿ると、元はキューバの伝統音楽であるソンと、アメリカから海を越えてきたジャズが出会った1950年代にフランスから移住してきた祖父母が音楽家としての原点だ。
ピアノの名手であった祖母はジャズにのめり込み、二人の息子──長男ルイ・ロペス=ヌッサ(Ruy López-Nussa, アロルドの父親)をドラマーに、次男エルナン・ロペス=ヌッサ(Ernán López-Nussa, アロルドの叔父)を世界的なジャズピアニストに育て上げた。
そんなドラマーの父、ピアノ教師の母という音楽一家のもとに生まれたアロルドも当然のように音楽に親しみながら育ち、幼少期よりピアノを始め、映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』でも著名なキューバの伝説的歌手オマーラ・ポルトゥオンド(Omara Portuondo)とツアーを行うなど次第にキューバを代表するピアニストとして育っていった。
2005年、スイスで行われたモントルー・ジャズ・ソロ・ピアノ・コンペティションで優勝し、その名を世界に轟かせた。2007年に最初のアルバム『Sobre Elatelier』をリリースして以降、ラテンジャズ新世代のピアニスト/作曲家として多くの作品をリリースしている。
Harold Lopez-Nussa – piano, Rhodes
Grégoire Maret – harmonica
Luques Curtis – bass
Bárbaro “Machito” Crespo – conga, bombo legüero
Ruy Adrián López-Nussa – drums
Michael League – Moog Matriarch, Prophet 6, handclaps, vocals