微分音トランペットによる本物の中近東ジャズ。気鋭イタマール・ボロホフが新作で魅せた圧巻の表現力

Itamar Borochov - Arba

特注の微分音トランペットで表現力が増した4thアルバム

クォータートーン・トランペットを用いた思索的な演奏が中近東の風を運ぶ素晴らしいジャズだ。
イスラエルの歴史ある港町ヤッファに生まれ、現在はニューヨークで活躍するトランペット奏者/作曲家イタマール・ボロホフ(Itamar Borochov)が4枚目のアルバム『Arba』をリリースした。

彼が今作で演奏するトランペットは最高級メーカーとして知られるモネット(Monette)に特注し、2018年から使っている4バルブ・クォータートーン・トランペット(4-valve quarter-tone trumpet, Monette RAJA P3Q)。四半音(半音と半音の間の音)を自然に表現することが可能なこの楽器を得て、これまでの作品以上に自身のルーツである中近東の音楽をジャズに大胆に持ち込んできた。その成果は(1)「Abraham」でいきなり真価を発揮する。微分音はあまりに効果的に彼の個性を印象づけ、壮大で感動的なカルテットでのアンサンブルを先導。あたたかな音色のトランペットも限りなく魅力的だ。徐々に熱を帯びるイタマールにカルテットのメンバーも敏感に呼応し、ピアノも中東音楽の旋律を交えたソロを披露する。後半にはイタマールのヴォイスも加わり叙事詩はクライマックスを迎える。

(1)「Abraham」

アルバムは全曲がイタマール・ボロホフの作曲でいずれも抑揚に富んだドラマチックな展開の楽曲が並ぶ。イタマール本人によるヴォイスも各楽曲を効果的に盛り上げる。日本語の“侘び寂び”をタイトルに冠した(5)「Wabisabi」なんて曲も。聴けば聴くほどに新たな発見があり、より深く彼の音楽観を感じられる素晴らしい作品。四半音の表現を得たトランペットという楽器の表現力の豊かさや魅力にもあらためて気づかせてくれる。

前作『Blue Nights』に引き続きピアノにロブ・クリアフィールド(Rob Clearfield)、ドラムスに長年の伴走者ジェイ・ソウヤー(Jay Sawyer)を迎え、ベースにはカナダ出身のリック・ロサト(Rick Rosato)を迎えた。
前作でベースとウードを弾いていた兄のアヴリ・ボロホフ(Avri Borochov)は今回はゲストとして(3)「Ya Sahbi」でウードを演奏している。

(2)「Dirge」のライヴ演奏動画(2021年、ウクライナ西部のリヴィウでの映像)

今作はイタマール・ボロホフのキャリアの中でももっともルーツを感じさせるものだが、それだけではなく、彼がこれまで吸収してきた西洋音楽や北アフリカ音楽などが血肉となって自然と融合し表出している。
この静かに凄みを帯びた演奏は、音楽の演奏表現を次なる高みへと導く彼の最高傑作だと断言できる素晴らしさだ。

Itamar Borochov プロフィール

イタマール・ボロホフはイスラエル・テルアビブの旧市街ヤッファに1984年に生まれた。父親は著名なマルチ奏者/作編曲家のイスラエル・ボロホフ(Yisrael Borochov)、兄はベース奏者として知られるアヴリ・ボロホフ(Avri Borochov)。自宅にはコントラバスやピアノ、ドラムスなどたくさんの楽器があり、イタマール自身も自然と音楽や楽器に惹かれていった。最初に始めた楽器は3歳の頃からのヴァイオリンやピアノだったという。

子供の頃に映画『ブルース・ブラザーズ』に触発されてギターでブルースを弾くことを独学で体得。ルイ・アームストロング、デューク・エリントン、マイルス・デイヴィスらに影響され11歳でトランペットに夢中になり、地元テルアビブでライヴなどの活動を行うようになる。ジャズのほか、クラシックやロック、そしてシャアビやグナワといったアフリカの音楽を聴くことにも多くの時間を使ったという。
2007年に米国に渡りニューヨークのニュースクールを卒業し、2010年から世界的なバンド、イエメン・ブルース(Yemen Blues)に参加し3枚のアルバムを残した。

2014年に自身のデビュー作『Outset』をリリース。2016年にフランスのレーベルLaborie Jazz Recordsと契約し、2016年に『Boomerang』、2019年に『Blue Nights』という2枚のアルバムをリリースし、特に後者はジャズやワールドミュージックの分野において高い評価を受けている。

イタマール・ボロホフによる“微分音トランペット”の解説。ブルースやマカームを通常の3本のバルブで演奏した場合と、4つ目のバルブを用いて演奏した場合を吹き比べ説明している。

Itamar Borochov – trumpet, voice, effects
Rob Clearfield – piano, Rhodes, B3 organ
Rick Rosato – double bass
Jay Sawyer – drums, percussion
Avri Borochov – oud (3)

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