ジャズ新世代の歌手ヴェロニカ・スウィフト、初のセルフタイトル作
1994年生まれの米国のジャズ・シンガー、ヴェロニカ・スウィフト(Veronica Swift)が歌手デビュー20周年での初のセルフ・タイトル作『Veronica Swift』をリリースした。単なるジャズ・シンガーの範疇に止まらない多彩な表現力を誇る彼女の集大成的な作品となっており、ビバップ、マヌーシュ・スウィング、ブルース、クラシック、ボサノヴァ、さらにはロックといった様々な種類の音楽が高次元で混ざり合い、次々と飛び出すアイディアに驚きが止まらないハイクオリティな作品に仕上がっている。
アルバムは軽やかなスキャットによるジャズ(1)「I Am What I Am」で幕を開ける。原曲は同性愛をテーマにしたブロードウェイ・ミュージカル『La Cage Aux Folles』のためにジェリー・ハーマン(Jerry Herman)によって書かれた曲で、“ありのままの私”をテーマとした歌は様々な社会問題に関心を寄せるヴェロニカ・スウィフトらしい選曲だ。
ナイン・インチ・ネイルズ(Nine Inch Nails)のカヴァーである(2)「Closer」はブラス・セクションも強烈なファンクと、フォービート・ジャズを融合したアレンジ。ヴェロニカ・スウィフトのヴォーカルは熱を帯びたソウルフルなもので、間奏ではNYで活躍するオーストラリア出身のサックス奏者トロイ・ロバーツ(Troy Roberts)も素晴らしいソロを聴かせる。
オルガンやギターのブルージーなサウンドが印象的な(3)「Do Nothing Till You Hear from Me」はデューク・エリントンの曲で、ヴェロニカ・スウィフトの歌声もパワフルだ。ギターソロはクリス・ホワイトマン(Chris Whiteman)。
イギリスのロックバンド、クイーン(Queen)のカヴァーである(4)「The Show Must Go On」は原曲のロックバラードからがらっと雰囲気を変え、ピアノとダブルベース、そしてベネズエラ出身の打楽器奏者ルイシート・キンテーロ(Luisito Quintero)によるパーカッションでラテン・エッセンスのアレンジに。ブライアン・メイとフレディ・マーキュリーによって原曲が作られた当時はフレディ・マーキュリーのエイズがかなり進行しており、歌詞の内容は「命ある限りショーを続けなくては」とフレディが自分自身を勇気づけるものとなっており、今作でのアレンジや歌唱もどこか悲壮な雰囲気が漂う。
(5)「I’m Always Chasing Rainbows」は1918年春から上演されたブロードウェイのミュージカル『Oh, Look!』のために歌詞が書かれアレンジされた曲で、フレデリック・ショパンの「幻想即興曲」が元になっている。ピアノはイントロ部分のみランディ・ウォルドマン(Randy Waldman)が演奏。ほかはアルバム全編でピアノやオルガンなど鍵盤を担当するアダム・クリップル(Adam Klipple)が弾いている。絢爛なオーケストレーションが施されたアレンジで朗々と歌い上げるヴェロニカ・スウィフトに往年のミュージカル女優の貫禄を見る名演。
(6)「In the Moonlight」はベートーヴェンの「月光」にヴェロニカ・スウィフトが歌詞をつけたもの。
曲調は力強く歌うロックバラードだ。
ヴォーカリストのオースティン・パターソン(Austin Patterson)とのデュエット(7)「Severed Heads」はプッチーニのオペラからの選曲だが、ここではガットギター1本の伴奏による軽やかなボサノヴァになっている。
(8)「Je Veux Vivre」はシャルル・グノー作曲のオペラ『ロミオとジュリエット』劇中歌。ヴェロニカ・スウィフトはフランス語で歌い、アレンジもマヌーシュ・スウィングやミュゼットを取り入れたフランス文化へのリスペクトを感じさせるものだ。
(9)「Chega de Saudade」は原曲どおりのポルトガル語で、ベルカント(オペラの歌唱法)が印象的。木管楽器奏者デイヴィッド・マン(David Mann)によるデジタル・オーケストラに乗せた瑞々しく美しい歌が、このアントニオ・カルロス・ジョビン作曲のボサノヴァの名曲に新たな光を当てる。
再びクイーンのブライアン・メイ作曲の(10)「Keep Yourself Alive」は荘厳でソウルフルなゴスペル。
ラスト(11)「Don’t Rain on My Parade」もブロードウェイ・ミュージカル『Funny Girl』(1964年)からの選曲で、ここではストレートなエイトビートのロックで彼女らしく表現している。
9歳でデビュー。芸歴20年の“新世代歌姫”
ヴェロニカ・スウィフト(Veronica Swift)は1994年アメリカ合衆国バージニア州シャーロッツビル生まれ。
両親はともにミュージシャンで、父親はジャズピアニストのホッド・オブライエン(Walter Howard “Hod” O’Brien, 1936 – 2016)、母親は歌手のステファニー・ナカシアン(Stephanie Nakasian, 1954 – )という音楽的に恵まれた家庭環境に育ち、わずか9歳でサックス奏者リッチー・コール(Richie Cole)をフィーチュアした父親のバンドをバックに歌う『Veronica’s House of Jazz』(2004年)というデビューアルバムを出している。
2016年にマイアミ大学フロスト音楽学校でジャズ・ヴォーカルの学士号を取得。在学中の2015年にセロニアスモンク・ジャズヴォーカル・コンペティションで2位を受賞。同年のアルバム『Lonely Woman』には父親ホッド・オブライエンのピアノ演奏が2曲収録されており、2016年に亡くなった彼の最後のレコーディングとなった。
ジャズにおける最大のインディー・レーベルとして知られるMack Avenue Recordsから『Confessions』(2019年)と『This Bitter Earth』(2021年)をリリース。今作は同レーベルでの3枚目となっている。
Veronica Swift – vocals (all tracks), background vocals (2, 6, 10)
Adam Klipple – piano (1, 4, 5, 6, 11), keyboards (2, 3), organ (2, 3, 10)
Philip Norris – electric bass (2, 3, 6, 10)
Alex Claffy – upright bass (1, 4)
Chris Whiteman – guitars (2, 3, 6, 7, 10, 11)
Brian Viglione – drums (1-3, 6, 10, 11), rhythm guitar (11), gang vocals (11)
James Sarno – trumpet (2, 3, 6, 10)
Troy Roberts – tenor sax (2, 3, 6, 10, 11)
David Leon – baritone sax (2, 3, 6, 10)
Guests :
Mariano Aponte – gang vocals (11)
Benny Benack III – trumpet (3, 6)
Ludovic Bier – accordion (8)
Pierre Blanchard – violin (8)
Carolynne Framil – background vocals (2, 10)
Antonio Licusati – upright bass (8)
Felix Maldonado – electric bass (11)
David Mann – woodwinds & digital orchestration (5, 9)
Javier Nero – trombone (3)
Austin Patterson – vocals (7)
Luisito Quintero – percussion (4)
Samson Schmitt – guitar (8)
Antoine Silverman – violins & violas (5, 9)
Randy Waldman – piano (5 [intro])