壮絶な半生を背負うユーロヴィジョン優勝歌手ジャマラ、クリミアの真実の歴史を伝える新譜『QIRIM』

Jamala - QIRIM

欧州最大のソング・コンテストである「ユーロヴィジョン」優勝経験のあるウクライナの歌手/作曲家ジャマラ(Jamala)が、故郷クリミアの名を冠した新作『QIRIM』をリリースした。

世界情勢にほんの少しでも関心があれば、いまではクリミアという土地の名前を知らない者はいないだろう。ジャマラはそのクリミア半島の先住民族であるクリミア・タタール人の父とアルメニア人の母を持ち、この地の戦火の歴史に翻弄されてきた音楽家だ。彼女の音楽自体を紹介する前に、まずはアーティストの半生に触れておくことが重要な場合もある。

クリミアの歌手、ジャマラ

ジャマラ(Jamala, クリミア・タタール語:Джамала, 本名:スサーナ・アリーミウナ・ジャマラディーノヴァ)は1983年にソビエト社会主義共和国連邦・キルギス・ソビエト社会主義共和国のオシに生まれた。父親はクリミア・タタール人のムスリム、母親はアルメニア人のキリスト教徒という家庭だった。

彼女の先祖は旧ソ連の指導者ヨシフ・スターリンによって1944年5月に始められたクリミア・タタール人追放により、クリミア半島からキルギスに強制移住させられた。当時クリミアに住んでいたクリミア・タタール人のほぼ全数である19万人のうち7〜9万人がその年内に亡くなったと言われているこの強制移住の際には、彼女の曾祖母の娘も貨物列車の中で死亡し、貨車から“ゴミのように”投げ捨てられたという。
1991年のウクライナの独立に際し、ほかの多くのクリミア・タタール人と同じように、ジャマラも一家でウクライナ領となったクリミア半島への帰還を果たした。

幼い頃から音楽や歌うことが大好きだった彼女は、わずか9歳でクリミア・タタール人の民謡など12曲の収録を経験している。その後音楽学校でピアノを習得、シンフェロポリの音楽大学に通い、キーウ(キエフ)の音楽院ではオペラを専攻し卒業。ミラノ・スカラ座でソロイストとして活動を始めるが、ジャズやソウル・ミュージック、東欧の音楽への関心を失うことはなかった。

2009年にラトビア・ユールマラで開催された若手歌手向けの音楽祭ニュー・ウェイヴに出場し優勝を果たし、大会の総監督をして“規格外”と称えられた。

ユーロヴィジョン2016での優勝

2011年にデビューアルバム『For Every Heart』をリリース。同年、ユーロヴィジョンのウクライナ代表を選出するための国内選考に参加し決勝まで進出するものの、選考プロセスの不正疑惑が生じてやり直しに。再度の選考で再び決勝まで進んだが、なおも不正があるとして決勝を辞退している。

こうしてウクライナ国内はもとより欧州でも人気を獲得していった彼女はフランスのファッション誌『Elle』で「今年の歌手」に選ばれるなどしたが、2014年のクリミア危機の際には、彼女やその家族がロシアによって「アメリカ合衆国の走狗」、「ファシスト」といったレッテルを貼られ一方的な抑圧を受けた。
このクリミア危機以降、ジャマラは故郷であるクリミア半島には帰れていない。

ジャマラが2016年にウクライナ代表としてユーロヴィジョン・ソングコンテストに出場し歌った「1944」は、同大会で見事に優勝。この楽曲は旧ソ連支配下のクリミア半島から追放されたタタール人のことを歌い、特にはクリミアからキルギスに貨車で向かう道中で娘を失った彼女の曾祖母の物語を表現している。
この歌詞表現の内容は2014年のロシア大統領プーチンによるクリミア併合への批判ととらえられ、ロシアの国営メディアはこれを反ロシア的であるとして強く非難。ロシア当局も明確な政治的表現を規制するユーロヴィジョンのルールに反すると主張した。

Eurovision 2016 優勝曲「1944」のMV

彼女は2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻のさなか、家族とともにウクライナ・キーウから出国しルーマニアを通じてトルコに亡命している。

クリミアの伝統曲を世界に伝える新譜『QIRIM』

ジャマラが2023年5月にリリースした新譜『QIRIM』は、クリミア半島に伝わる古い歌がイスラム文化の特徴をもった素晴らしいオーケストラ・アレンジで収録されており、80人以上のクリミアの音楽家が参加する壮大な作品となっている。

ジャマラは長年にわたってクリミア各地に伝わる民族音楽を収集し、このプロジェクトに取り組んできたが、ロシアによる対ウクライナ全面戦争の開始とともに彼女が居住するキーウも戦地となったため、プロジェクトは一時的に中断。亡命先でアルバムを完成させた。

(1)「ALİM」は“クリミアのロビン・フッド”の異名を持つ義賊アリムの19世紀のカラスバザール(現在のベロゴルスク)での出来事を描いたもの。金持ちから金品を奪い貧しい人々に分配したというアリムの伝承はこの地における様々な創作物のインスピレーション源となっている。

(1)「ALİM」

この作品にはジャマラの長年の夢が詰まっている。それは“クリミアに伝わる民間伝承の中にある信じられないような物語を世界に伝える”ことであり、“クリミアの歴史を書き換えようとするあらゆる試みへの抵抗”だ。元々クリミアの先住民族だったクリミア・タタール人は、18世紀からのロシア人らの移入(南下政策)によって相対的に少数民族へと追いやられていった。あらゆるプロパガンダを行うロシアによって、この地で音楽を創造し伝承してきた人々は現在、その存在に対する極めて重大な脅威にさらされている。「でも、世代を超えて受け継がれた音楽の記念碑的な美しさの記憶を消すことはできるのでしょうか?」と彼女は問いかける。

楽曲ごとの詳しい解説、歌詞、それにまつわるクリミアの土地の解説などは、ジャマラの公式Webサイトでも閲覧することができる。

キーウでのコンサートの模様

ロシアによる指名手配

2023年11月20日、ロシアの国営メディア「タス通信」は、ジャマラが、ロシア軍に関する偽情報を広めた疑いで連邦刑法の条項の適用対象となり、ロシア当局から指名手配されたと報じた。

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