親しみやすくも深淵な、稀有なアルバム『People of Tomorrow』
インド系スイス人のヴァイオリニスト/作曲家、ベイジュ・バット(Baiju Bhatt)が自身のバンドであるレッド・サン(Red Sun)を率い録音した2018年の『Eastern Sonata』から5年。自身のルーツであるインドの音楽に、ジャズロックの側面からアプローチするプロジェクトがよりスケールアップし戻ってきた。2023年の新作『People of Tomorrow』では、前作から引き続きゲスト参加するグェン・レ(Nguyên Lê)やプラブー・エドゥアール(Prabhu Edouard)に加え、新たな凄腕ゲストも多数参加。アルバム全体で約52分間の濃密な音楽体験を味わえる驚異的な作品に仕上がっている。
最もインパクトのあるトラックは(11)「Nataraj」かもしれない。
この曲にはベトナム系フランス人ギタリストのグェン・レ、そしてインドが生んだベースヒロインモヒニ・デイ(Mohini Dey)、さらにはプラブー・エドゥアールの弟で驚異的な“素手ドラム”で知られる個性派打楽器奏者ステファン・エドゥアール(Stéphane Edouard)がそれぞれリモート録音で参加。7分におよぶ複雑な展開を見せるアジアンテイストの楽曲の中で各人の超絶技巧のソロもたっぷりと楽しめ、映像も含め最高に楽しいセッションだ。
(4)「Belly of the Whale」にはスイスのマルチ奏者/シンガーのヴェロニカ・シュタルダー(Veronika Stalder)が参加。インド音楽に影響を受けた見事な声を聴かせてくれる。
フランスのトロンボーン奏者ロビンソン・コーリー(Robinson Khoury)の孤高のソロで始まる(5)「March of the Endlings」は、複雑なリズムがどこか瞑想的で不思議なグルーヴを生み出しており素晴らしい。
(6)「Hypnagogia」はフランスやカナダで学び、その後カルナティック音楽を学ぶためにインドと米国を12年間往復したヴォーカリスト、ラファエレ・ブロシェ(Raphaëlle Brochet)が参加。迫力あるラージアンサンブルで演奏されており、グェン・レがギターソロを奏でる。
(10)「Ananda」にはタブラ奏者プラブー・エドゥアール(彼はかつてグェン・レと日本人箏奏者みやざきみえことのトリオ・プロジェクトで活動していた)が参加。
アルバム収録曲はすべてべイジュ・バットの作曲。非常にテクニカルでありつつも、メンバーも終始楽しげに演奏している姿が印象的だ。
Baiju Bhatt 略歴
スイスのヴァイオリニスト/作曲家/教育者べイジュ・バットは6歳でヴァイオリンを始め、20歳までローザンヌ音楽院でクラシック音楽を学んだ。その後ジャズとワールドミュージックに転向し、2014年にローザンヌ高等音楽院で修士号を取得している。
現在はフランス・パリを活動の拠点とし、オリジナル・プロジェクト「Red Sun」や、チュニジア出身の名手アミン・ムライヒ(Amine M’Raihi)とハムザ・ムライヒ(Hamza M’Raihi)兄弟が率いるバンド「The Band Beyond Borders」など、さまざまなプロジェクトで活躍。また、ローザンヌ音楽院やアルベルティーン音楽院で教鞭を執り、即興演奏とジャズを専門とする教師としても活躍している。
Baiju Bhatt – violin
Valentin Conus – soprano saxophone, tenor saxophone
Mark Priore – piano, keyboard
Blaise Hommage – electric bass
Paul Berne – drums
Guests :
Cyril Regamey – drums (3)
Veronika Stalder – vocal (4)
Robinson Khoury – trombone (5)
Raphaëlle Brochet – vocal (6)
Nguyên Lê – guitar (6, 11)
Prabhu Edouard – tabla (10)
Mohini Dey – electric bass (11)
Stéphane Edouard – drums, percussion (11)