誠実なジューイッシュ・ジャズ、ユセフ・ガトマン新譜
2019年に音楽活動に復帰して以来、驚異的なペースで次々と傑作アルバムをリリースし続けているイスラエルのベーシスト、ヨセフ・ガトマン(Yosef Gutman)が新作『The World And Its People』をリリースした。今作は完全アンプラグドなベース、ギター、ピアノ、チェロの四重奏編成で、彼らしく素朴で温かな眼差しが感じられる優しい音楽に仕上がっている。
ミックスを担当したのは『The Goat Rodeo Sessions』で第55回グラミー賞で最優秀フォーク・アルバム賞を受賞したことで知られる巨匠エンジニア、リチャード・キング(Richard King)。ヨーヨー・マとアメリカーナ音楽のスターたちによる歴史的なセッションであるゴート・ロデオで見られたジャズとクラシック、カントリーの絶妙な融合は今作にも大きな影響を与えているようで、音楽的にも共通点が見られる。
カルテットのメンバーはダブルベースとハーヴェイ・シトロン(Harvey Citron)が製作した5弦アコースティック・ベースを弾くヨセフ・ガトマンのほか、近年彼と活動を共にすることの多いアヴィシャイ・コーエン・トリオ出身のピアニスト、オムリ・モール(Omri Mor)、ナイロン弦とスティール弦のアコースティック・ギターを弾くタル・ヤハロム(Tal Yahalom)、そしてクラシック畑のチェリスト、ヨエド・ニール(Yoed Nir)。
静かなピアノに導かれる(1)「Awakening」は、ヨセフ・ガトマンの作曲プロセスである「朝起きて、まず最初にボイスレコーダーに即興でメロディーを吹き込む」というルーティンだけでなく、アラム語の”itaruta diletata”と”itaruta dile’eyla”という言葉の内なる意味である“下からの目覚め”と“上からの目覚め”も想起させる。“下からの目覚め”とは、人々の善行によって神々からの返答を得ることを意味し、“友人たちの声を聞くスペースを作ること、周りの世界に注意を払うこと、周りの世界を招き入れる”こと。
ここではピアノとチェロ、ピアノとガットギターといったユニゾンで奏でられる美しいメロディが印象的で、祈りのような敬虔な祝福の瞬間を感じさせる。
収録曲の多くはヨセフ・ガトマンと、彼の盟友であるプロデューサーのギラッド・ローネン(Gilad Ronen)との共作曲だが、ハシディズム(ユダヤ教超正統派)のトラディショナルである(5)「B’nei Heichala」に(9)「Nigun Tzemach Tzedek」、ユダヤのラビ/作曲家であるイツハク・ギンズブルク(Yitzhak Ginsburgh)作の(11)「Purim Lanu」のカヴァーも含まれている。
Yosef Gutman プロフィール
ヨセフ・ガトマン・レヴィット(Yosef Gutman Levitt, ヘブライ語:יוסף גוטמאן לויט)は南アフリカ・ヨハネスブルグから1時間程度の農場で生まれ育った。幼い頃から音楽の才能の兆しを見せ、最初にピアノ、そして10代後半でベースギターを手にとり、故郷南アフリカから米国に渡りボストンのバークリー音楽大学、そしてニューヨークに移り住んだ。ニューヨークには10年以上住み、ギタリストのリオーネル・ルエケ(Lionel Loueke)らと広く演奏したが、この時期は残念ながら音楽への欲求不満と無力感が高まる時期でもあった。
音楽の道を歩むことをやめ、テック系の起業家として成功し10年ほど音楽から離れていたヨセフだが、近年になってユダヤ教のハシディズム(神秘主義的運動)の伝統的なメロディーをベースに再び音楽活動を開始。トレードマークである5弦のベースを持ち2019年1月にソロデビュー作『Chabad Al Hazman』をリリース。
2020年には古代ユダヤ教にインスパイアされた壮大なダブル・アルバム『The Sun Sings to Hashem』『The Moon Sings to Hashem』をリリース、2022年初頭には以前から大きな音楽的影響を受けていたブラジル音楽に傾倒した作品『Ashreinu』をリリース。ニューヨーク時代の旧友リオーネル・ルエケが全面参加した『Soul Song』(2023年)も話題になった。
彼にとってユダヤ音楽とは、不必要なものをすべて削ぎ落とした深い誠実さが特徴なのだという。重要なことは、その音楽がより高次のものからインスピレーションを得ているということだ。 彼はその場所に到達することに興味のあるアーティストと仕事をしたいと思っており、まもなく著名なギタリスト、ギラッド・ヘクセルマン(Gilad Hekselman)とラルフ・タウナー(Ralph Towner)との作品のリリースも予定されている。
Yosef Gutman – upright bass, five-string acoustic bass guitar
Tal Yahalom – nylon guitar, steel guitar
Omri Mor – piano
Yoed Nir – cello