キューバ新世代の表現者ダイメ・アロセナ、想いを込めた新作
ジャズやR&B、レゲエなどを吸収した新たな表現を試みるキューバ新世代SSW、ダイメ・アロセナ(Daymé Arocena)が新譜『Alkemi』をリリースした。祖国に失望し、現在はプエルトリコに住む彼女の芸術家としての覚悟すら見える圧倒的なパワーを感じさせる作品だ。
2018年にキューバ政府は政令349号を可決したが、これはアーティストが演奏活動を行うためには政府から特別な許可を得ることが義務付けられた法律だった。これをアーティストが何をするか、何を言うか、何を歌うかをコントロールするためのシステムであると理解した彼女は自由に活動するために故郷キューバを離れることを決意。夫とともにキューバ亡命者としてカナダに移住し、パンデミックの期間中は視聴覚プロジェクトに取り組んだ。だがカナダでパンデミックを乗り切る中で、彼女は自分を抑制し始めてしまっていると感じ、ジャンルの枠組みを打ち破りたいという強い衝動を感じるようになったという。
そして著名なプロデューサー、エドゥアルド・カブラ(Eduardo Cabra)に相談をし録音のためにプエルトリコに渡ったところ、メキシコなど他のラテン諸国では感じなかった自分の居場所をその地で感じ、すぐにカナダにいた夫に荷物を全てまとめて持ってくるように伝えたのだという。
アルバムにはこうしたエピソードを象徴するように、キューバの伝統音楽や既成概念にとらわれない自由な発想の楽曲が並ぶ。「本当のことを言って、もう私を騙さないで。あなたはなぜここにいるの?」と歌う(2)「Por ti」はかつてキューバ独裁政権側からプロパガンダだと非難され論争を呼んだ彼女の代表曲「Todo Por ti」での悲痛な叫びを再び彷彿させる。
アルバムのタイトル“Alkemi”(アルケミ)はヨルバ語で錬金術を意味する言葉で、変革という宇宙観を意味する。「皮膚からゴールドが湧き出るように、輝きと光に満ちた比類のない結果を達成するためにあらゆる要素を混ぜ合わせている」とダイメは語る。
アルバムはアフロ・キューバのルーツを強く感じさせるが、サウンドはより現代的にアナログシンセやエレクトロニック、そしてアコースティック楽器をバランスよく融合。参加ミュージシャンはエドゥアルド・カブラの指揮のもと、キューバ、プエルトリコ、ドミニカ共和国などカリブ海全域から集っているという。
(3)「Suave y Pegao」にはプエルトリコのレゲトン歌手ラファ・パボン(Rafa Pabön)をフィーチュア。(6)「A fuego lento」にはドミニカ共和国のSSWビセンテ・ガルシア(Vicente Garcia)がゲスト参加している。
Daymé Arocena プロフィール
ダイメ・アロセナは1992年キューバ・ハバナ生まれ。キューバの伝統的な大衆音楽のほか、父親のお気に入りだったシャーデー・アデュ(Sade Adu)なども聴いて育った。幼くして音楽の才能を見出され、キューバ屈指の名門・国立アマデオロルダン音楽学校で学んだ後、2017年にカナダ出身のサックス奏者ジェーン・バネット(Jane Bunnett)らとともにバンド「マケケ」(Maqueque)を創立。国際ツアーも行い、アルバムはグラミー賞にもノミネートされた。
ジャイルス・ピーターソンやウィントン・マルサリスらにも絶賛され2015年にアルバム『Nueva Era』でソロデビュー。
「キューバでは、テクニックへの偏重がさらに高まっています」とダイメは説明する。
「同時に、この島にはチャンスがほとんどありません。音楽のキャリアは亡命の可能性をもたらします。それが、競争力が桁外れにある理由なんです」