ロンドン・ジャズの粋を醸す、ダニエル・カシミール新作
イギリス・ロンドンを拠点に活動するベーシスト/作曲家ダニエル・カシミール(Daniel Casimir)が新譜『Balance』をリリースした。絶賛された前作『Boxed In』に引き続きジェイムズ・コパス(James Copus, tr)やヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia, sax)らを揃えた絢爛なジャズ・オーケストラを従えつつ、ドラマーはモーゼス・ボイド(Moses Boyd)からジェイミー・マーレイ(Jamie Murray)に交代。人力ドラムンベースを主体とした解像度の高いドラミングで、ロンドンの現代ジャズのかっこよさが全面に押し出された。
ベーシストのリーダー作ではあるが、決してベースだけが目立つものではなく、ダニエル・カシミールは作編曲やプロデューサー志向であるようだ。ビッグバンドの歴史をリスペクトしつつ、現代的なエッセンスを加え、楽曲の構成やアンサンブルのアレンジに徹底的に拘った構成は彼の作編曲家やプロデューサーとしての才能を際立たせる。
その志向は表題曲(2)「Balance」や、(6)「In Search for Goldilocks」のタイトルにも表れている。後者のゴルディロックス(Goldilocks)とはイギリス童話『3匹のくま』の主人公の女の子の名前で、その物語から転じて“ちょうどいい”を表す語となったものだ。ダニエル・カシミールはベースという楽器の役割について、“謙虚で目立たないが、ハーモニーとリズムの両方を支える最も重要な楽器”だと語っており、それが自身の性格にも合っているという趣旨を語っている。
いくつかの曲で素晴らしいアドリブ・ソロを聴かせてくれるピアノのジェイムズ・ベックウィズ(James Beckwith)も今作での新顔だ。全体の構成の中で彼の見せ場はそう多いわけではないが、ひとたびソロになるとインスピレーションに満ちたフレーズを次々と繰り出す。
(3)「I’ll Take My Chances」には前作にも参加していたヴォーカリスト、リア・モラン(Ria Moran)をフィーチュア。サックスのソロはビンカー・ゴールディング(Binker Golding)が吹いている。
ラストの(7)「You Know」にはヴォーカリストのゾラ・マーセル(Zola Marcelle)を初めて起用。最後は弦楽アンサンブルによって厳かに幕を閉じる。
その映像的で物語性のある構成力、アレンジや演奏の妙技、伝統と革新のバランス。どこを取っても申し分のない、ロンドンのジャズらしい作品だ。
Daniel Casimir 略歴
ダニエル・カシミールは西ロンドン郊外のグリーンフォードで育った。12歳の頃からスティールパンの演奏を始めリズムの感覚を養った彼だったが、近所迷惑にならずに家で練習できる楽器をやりたいと15歳でベースに転向。最初はモータウンの黄金期を支えたジェームス・ジェマーソン(James Jamerson, 1936 – 1983)に影響され、その後ジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius, 1951 – 1987)を介してビバップを発見した。バーミンガム音楽院でジャズとコントラバスを学び2012年に卒業した後、2015年にトリニティ・ラバン音楽院で修士号を取得している。
キャリアの初期からカミラ・ジョージ(Camilla George)やヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia)、マカヤ・マクレイヴン(Makaya McCraven)らと共演するなどUKのジャズシーンを支え、2016年のウンブリア・ジャズフェスティヴァルでは日本が誇るピアニスト山中千尋とも共演をし、同年には「Jazz Young Musician Award」を受賞した。
2019年に同じくグリーンフォードで生まれ育ち、高校時代に知り合ったヴォーカリストのテス・ハースト(Tess Hirst)との共同名義でデビューアルバム『These Days』をリリース。2021年には初ソロ作『Boxed In』も好評を博した。
James Beckwith – piano
Jamie Murray – drums
Daniel Casimir – bass
James Copus – trumpet
Jay Phelps – trumpet
Sheila Maurice-Grey – trumpet
Andy Davis – trumpet
Kevin McLeod – trombone
Rosie Turton – trombone
Joe Bristow – trombone
Tom Dunnet – trombone
Chris Maddock – saxophone
Cassie Kinoshi – saxophone
Binker Golding – saxophone
Nubya Garcia – saxophone
Ria Moran – vocal
Zola Marcelle – vocal
London Contemporary Orchestra :
Uéle Lamore – conductor
Marianne Haynes Leader – 1st violin
Charlotte Reid – 1st violin
Hazel Correa – 2nd violin
Anna De Bruin – 2nd violin
Alison D’Souza – viola
Jordan Bergmans – viola
Brian O’Kane – cello
Laura Moody – cello