ギンガ & アナ・パエス『Julieta No Convés』
“ギンガ”とは、もはやひとつの音楽のジャンルの代名詞のようなものだ。
作曲家/ギタリストのギンガ（Guinga, 本名：Carlos Althier de Souza Lemos Escobar, 1950- ）が奏で歌う独特で独創的な音楽は、西洋クラシックともジャズやポピュラー音楽とも異なる音楽理論を備え、多くの人々を魅了してきた。彼の音楽はただ美しいだけでなく、そのメロディーも和音進行も、今までに世界中の誰も聴いたことがないような斬新な音楽的特徴を持っていた。彼──ギンガは、特別な存在なのだ。
歌手/作曲家/ギタリスト/音楽教育者のアナ・パエス（Anna Paes）もまた、その特異な音楽“ギンガ”に深く魅了されたひとりだった。彼女はこの11年間、”ギンガの専門家”として彼の作品を多数レパートリーに取り入れ演奏し歌ってきた。それはアナ・パエスによるギンガ曲集『Você Você』（2022年）として結実し、ギンガが描き出す奥深い世界観の体現者としてブラジル国内外の音楽愛好家に称賛された。
今作『Julieta No Convés』は、そんなギンガとアナ・パエスの双頭名義の新作だ。収録曲はほぼ全てがギンガの未発表曲で、アルヂール・ブランキ（Aldir Blanc）やパウロ・セザール・ピニェイロ（Paulo Cesar Pinheiro）といった長年のパートナーとの楽曲のほか、ギンガとアナ・パエス共作(4)『Egrégora』、(9)「Epitáfio (Vinheta)」、(10)「Julieta no Convés」、(11)「Mello Baloeiro」 なども収録された充実の内容となっている。アルバムのカヴァー・アートはギンガのキャリア初期の2枚『Simples e Absurdo』（1991年）と『Delírio Carioca』（1993年）を手がけたメロ・メネゼス（Mello Menezes）が手掛けている。
ギンガの音楽世界に浸る極上の45分間
アルバムの幕開けは(1)「Lundu da Saudade」という曲で、ギンガの声とギターによるイントロに導かれ、アナ・パエスとギンガが交互にヴォーカルをとる。楽曲はギンガの母親ドナ・イナルダ（Dona Inalda）への賛辞として書かれたようだ。
(2)「Noite sobre Noite」はかつて「Tom e Vinícius」というタイトルで2017年のアルバム『Avenida Atlântica』にインストで収録された美しい曲の再演だ。ここではブラジルを代表する詩人/作曲家ゼ・ミゲル・ウィズニキ（Zé Miguel Wisnik）がピアノを弾き歌い、アナ・パエスと共演している。
(5)「Borboleta de Louça」はゲストのクリストヴァン・バストス（Cristovão Bastos）によるピアノ伴奏でアナ・パエスが歌う。ギンガならではの複雑な和音の美しさは、楽器をピアノに変えても健在。この曲はギンガとパウリーニョ・ダ・ヴィオラ（Paulinho da Viola）の共作で、飛躍する難しいメロディーラインをアナ・パエスは完璧かつ美しい表現力で見事に歌い上げている。
貧しい黒人たちの視点で歌い、サンバへの称賛と批判を描く(8)「Tia Damiana」は本作の中ではアップテンポで親しみやすいメロディーを持つ曲だ。
ギンガとアナ・パエスの共作による(11)「Mello Baloeiro」はギンガが2019年に初めて来日した際に制作したアルバム『Japan Tour 2019』に初収録された曲。どこか懐かしさもあるシンプルなメロディーが限りなく美しい。つづく少し奇妙なワルツ(12)「Valsa Ímpar」にはその来日公演の際にも活躍したマルチ木管楽器奏者ナイロール・プロヴェータ（Nailor Proveta）がゲスト参加している。
Guinga – guitar (1, 3, 4, 6, 7, 8, 10, 11, 12, 13), vocal (1, 3, 4, 6, 7, 9, 10, 11)
Anna Paes – vocal (1, 2, 5, 8, 9, 10, 11, 12, 13)
Zé Miguel Wisnik – piano, vocal (2)
Cristovão Bastos – piano (5)
Nailor Proveta – saxophone, clarinet (12)