自然体が魅力のジャズ・クラリネット奏者アナット・コーエン、あまりに美しい新譜『Quartetinho: Bloom』

Anat Cohen - Quartetinho: Bloom

アナット・コーエンのカルテット第二弾『Quartetinho: Bloom』

アナット・コーエン(Anat Cohen)は、僕が毎年そのリリースを超楽しみにしているアーティストのひとりだ。卓越したクラリネット奏者であり、特に“ブラジル音楽”への新しい視点を提供してくれる彼女のアルバムはどれも音楽がどれだけ美しく、楽しいものであるかを完璧に伝えてくれる。それは2024年の彼女の新作『Quartetinho: Bloom』でも変わらなかった。

今作は2022年の『Quartetinho』の続編に位置する作品だ。クアルテチーニョ、つまり“かわいいカルテット”のメンバーは前作と全く同じ、イスラエル出身のギタリスト/ベーシストのタル・マシアハ(Tal Mashiach)、ブラジルのピアニストのヴィトール・ゴンサルヴェス(Vitor Gonçalves)、そしてNYを拠点とするヴィブラフォン/パーカッション奏者ジェイムズ・シップ(James Shipp)という顔ぶれで構成されている。演奏は世界最高峰の技術を持つが、言われてみればクラリネットの柔らかさやヴィブラフォンの音色は“かわいい”という見方もあるのかも知れない。

アルバムは前衛的な音楽表現を交えた(1)「The Night Owl」で幕を開ける。これはアナット・コーエンのアーティスティックな感性を象徴する曲で、各パートの複雑な絡み合いが聴き応え抜群だ。

(2)「Paco」は今作ではギターとダブルベースを演奏するタル・マシアハ作曲。彼の音は少なくとも3つのトラックで多重録音されており、地味ながらも重要な役割を果たしている。楽曲タイトルはもちろんフラメンコのレジェンド、パコ・デ・ルシア(Paco de Lucía)へのオマージュ。

タル・マシアハ作曲の(2)「Paco」

前作はエグベルト・ジスモンチやA.C.ジョビンのカヴァーも際立っていたが、今作はもう少し“ジャズ”に寄った印象を受ける。アナット・コーエンを中心にカルテットのメンバーによる自作曲を中心としつつカヴァー曲も2曲。ひとつはセロニアス・モンクの(3)「Trinkle, Tinkle」で、もうひとつはなんとクラシックギターの名曲であるバリオス・マンゴレの(6)「La Catedral: III Allegro Solemne」(大聖堂:第三楽章)だ。

その「大聖堂」は多くのギタリストにとって憧憬の対象だが、ここでは前半ではタル・マシアハがほぼ楽譜どおりのギターを弾き、その上でアナット・コーエンを中心に即興の要素を加える。この演奏があまりに素晴らしく、「こんな“大聖堂”の表現があったのか!!」と感動を覚えてしまうほど。後半ではその美しく流麗なメロディーをクラリネットがギターとともにユニゾンでなぞり、フラメンコの要素を取り入れた大クライマックスへと向かう。このアルバムのハイライトとなる名演だ。

ウルグアイのギタリスト/作曲家アグスティン・バリオス=マンゴレ作曲の(6)「La Catedral: III Allegro Solemne」(大聖堂 第3楽章)

アナット・コーエンの演奏は、管楽器の中でももっとも広い音域を持つクラリネットという楽器の魅力にあらためて気づかせてくれる。彼女のクラリネットは深みがありメランコリックな低音から、覚醒を促す高音まで自由自在に、縦横無尽に駆け巡る。

Anat Cohen 略歴

アナット・コーエン(Anat Cohen)は1975年にイスラエル・テルアビブに生まれた作曲家/クラリネット/サックス奏者。1996年に米国のバークリー音楽大学に留学している。
音楽活動の初期では実兄のユヴァル・コーエン(Yuval Cohen, sax, 1973 – )、実弟のアヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen, tr, 1978 – )とのバンド活動「3 Cohens」でも話題となった。

2008年から2018年まで毎年のクラリネティスト・オブ・ザ・イヤーに選出されるほどの名手で、現在はニューヨークを拠点に活動し、とりわけショーロなどブラジルの音楽に深く傾倒している。

Anat Cohen – clarinet
Vitor Gonçalves – piano, accordion
Tal Mashiach – double bass, guitar
James Shipp – vibraphone, marimba, percussion

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