史上最高傑作、ミナス音楽の桃源郷『Macaxeira Fields』への再訪。10年を経て蘇る、あの“碧さ”

Alexandre Andres - Sem Fim (Acústico)

アレシャンドリ・アンドレスの最高傑作、その後日譚『Sem Fim』

アレシャンドリ・アンドレス(Alexandre Andres)にとってキャリア初期の最重要作品であり、同時に近年のブラジル音楽/ミナス音楽の最重要マイルストーンでもあった2012年のアルバム『Macaxeira Fields』から10年が経ち、その足跡の確かな大きさを振り返るときが来たようだ。

彼の新作『Sem Fim (Acústico)』は、『Macaxeira Fields』から選ばれた8曲をアコースティック編成でセルフカヴァーした作品となっている。当時も参加していた音楽家や新しい友人たちが再び集い、成功を祝福し、懐かしみながら、新たな試みを加えて再演する。おそらく『Macaxeira Fields』を聴いた多くのリスナーにとって、そこに収められた青く瑞々しい音楽たちは人生の大切な宝物のようになったと思うが、今作もそれに匹敵するほど心にそっと美しく沁み入るような音楽体験を得られることと思う。

楽曲はすべてアレシャンドリ・アンドレスが作曲し、友人である若き詩人/哲学者ベルナルド・マラニャォン(Bernardo Maranhao)が作詞をしている。

(1) Sem Fim (Acústico)

オリジナル・アルバムではアンドレ・メマーリのピアノ弾き語りを中心に構成されていた曲。今作の再演では2023年にデュオ・アルバム『entre luas』をリリースしたピアニストのエリカ・ヒベイロ(Erika Ribeiro)と歌手タチアナ・パーハ(Tatiana Parra)をフィーチュアし、アレシャンドリはフルートとヴォーカルを披露している。クラシックからジャズ、現代音楽まで幅広く活躍し、リオデジャネイロ連邦大学(UNIRIO)ではピアノと室内楽の教授を務めるエリカ・ヒベイロの端正かつリリカルなピアノと、“声の人”と讃えられる類まれな歌手タチアナ・パーハは、オリジナル盤では比較的地味な印象だったこの曲に新たな息吹を与えている。

タチアナ・パーハとエリカ・ヒベイロをフィーチュアした(1)「Sem Fim (Acústico)」

(2) Entre Águas (Acústico)

オリジナル盤ではレオノラ・ヴァイスマン(Leonora Weissmann)が歌い、美しいブラジリアン・ルーツの室内楽アンサンブルで彩られていた楽曲。今作では『Macaxeira Fields』の立役者でもあったブラジルを代表するピアニストのアンドレ・メマーリ(André Mehmari)をフィーチュアし新たな顔を覗かせる。原曲ではいくつもの楽器が緻密に絡み合うサウンド・プロダクションが印象深かったが、今作ではピアノと声のみという最低限の編成。それにしても、アンドレ・メマーリの自由に躍動するピアノはそれに触れるたびにその信じ難いほどの音楽的創造力に感嘆を禁じ得ない。

(2)「Entre Águas (Acústico)」

(3) Um Som Azul (Acústico)

チアゴ・アルメイダ(Thiago Almeida)によるピアノと、アレシャンドリによるバスフルート/ヴォーカルという編成。原曲のコーラス(サビ)部分のみを新たに解釈した構成となっており、控え目だが効果的な音響処理も素晴らしい。

(4) Niña (Acústico)

アレシャンドリが演奏するギターで、ミナスの歌手/作家のジェイ(Jhê)が表現力豊かに歌う。前半は芸術の多分野で活躍するジェイのみがヴォーカルを担うが、中盤以降でアレシャンドリもヴォーカルに加わり、豊かな広がりを見せてゆく。音程の飛躍も多い難曲だからこその独特の味わいが素晴らしい。

(4)「Niña (Acústico)」

(5) Ala Pétalo (Acústico)

オリジナル盤を象徴する楽曲のひとつであったこの曲はチアゴ・アルメイダのピアノとアレシャンドリのフルートというデュオ編成によるインストゥルメンタルで演じられる。一般的に訴求力の高いヴォーカルを敢えて排しているが、卓越した演奏はリスナーに様々な感覚──ノスタルジー、空想の広がり、安らぎなど──をもたらしてくれるだろう。優れた音響処理や、原曲を少しだけアレンジし工夫された譜割りが素晴らしい。

(6) Macaxeira Fields (Acústico)

原曲はレノン=マッカートニーの「Blackbird」にインスパイアされたことで知られる(6)「Macaxeira Fields」。ここで収められているのはアレシャンドリ、タチアナ・パーハ、エリカ・ヒベイロによる3声の美しいヴォーカル・アンサンブルだ。わずか44秒というインタールード的な扱いだが、彼らの音楽に対する真摯で純粋な向き合い方が象徴的に表れている。

(7) O Canto da Formiga (Acústico)

バスフルート/ヴォーカルのアレシャンドリ・アンドレスと、ピアノのチアゴ・アルメイダのデュオ編成。ヴィデオを観てわかるように、アレシャンドリは表現のツールとしての声とフルートを自在に切り替え、使い分けている。さらにはアレシャンドリのサウンド・エンジニアとしての優れた音響のセンスが二人の演奏に深淵な意味を与えている。

(7)「O Canto da Formiga (Acústico)」

(8) Menino (Acústico)

2012年リリースの原曲ではモニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)が歌っていた、アルバムの中でもっとも幻想的で“スルメ”的味わいを持っていた稀有な楽曲。今作ではアレシャンドリ・アンドレスが自身によるギターと声のみで、深く自己と向き合ったパフォーマンスで魅せる。メロディーやコードの美しさは佳曲揃いの『Macaxeira Fields』楽曲群の中でも随一で、こうして本人による再演が聴けることが嬉しすぎる。

Alexandre Andres 略歴

アレシャンドリ・アンドレスは1990年3月生まれ。世界的な創作楽器集団ウアクチ(UAKTI)のフルート奏者であるアルトゥール・アンドレス(Artur Andrés)を父に、クラシック・ピアニストのヘジーナ・アマラウ(Regina Amaral)を母に、そしてブラジルを代表する画家マリア・エレナ・アンドレス(Maria Helena Andrés)を祖母に持つという芸術一家に生まれ育った。

2017年にミナスジェライス州連邦大学音楽学部(Escola de Música Universidade Federal de Minas Gerais, EMUFMG)に入学し、サウンドエンジニアリングやプロダクション、フルートやギターを学んだ。ミナスの器楽音楽で最も権威ある賞であるBDMGインストゥルメンタル賞を2度(2009年、2015年)受賞し、音楽家としての実力が認められている。

デビュー・アルバムは2009年の『Agualuz』。2012年にアンドレ・メマーリら多数のミュージシャンを迎え制作した『Macaxeira Fields』は非常に高く評価され、日本のラティーナ誌では「2013年ブラジル・ディスク大賞」に輝くなど多くの音楽ファンの心を捉えた。

以降も『Olhe Bem as Montanhas』(2024年)、『Macieiras』(2017年)など優れた作品を発表。2023年からは『Macaxeira Fields』の10周年を記念した作品の制作に取り組み、いくつかのシングルのリリースを経て2025年にそのセルフカヴァー集『Sem Fim (Acústico)』をリリースした。

Alexandre Andres – vocal (1, 2, 3, 4, 6, 7, 8), flute (1, 5), bass flute (3, 7), guitar (4, 8)
Tatiana Parra – vocal (1, 6)
Erika Ribeiro – piano (1), vocal (6)
André Mehmari – piano (2)
Thiago Almeida – piano (3, 5, 7)
Jhê – vocal (4)

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