サロマォン・ソアレス&ヴァネッサ・モレーノ新譜『Outros Ventos』
ブラジルのピアニスト、サロマォン・ソアレス(Salomão Soares)と歌手ヴァネッサ・モレーノ(Vanessa Moreno)はこれまで2枚のデュオ・アルバムをリリースし、その度に大きな賞賛を浴びてきた。とくに『Yatra-Tá』(2021年)はミュージック・マガジン社による直近15年ほどの音楽シーンを総括する『ミュージック・ガイドブック 2010-2024』の「ブラジリアン・ジャズ」の項の名盤として取り上げられるなど、現代のブラジル音楽におけるひとつの輝かしいマイルストーンとなっている。
サロマォン・ソアレス&ヴァネッサ・モレーノのデュオ第3作となる『Outros Ventos』は、彼らが再びブラジル音楽に新しい風を吹き込む試みだ。リズムカルで自由で卓越したサロマォンのピアノと、透明で真っ直ぐな歌声と時折超絶的なスキャットも見せるヴァネッサのデュオは、今回も群を抜いて美しく素晴らしい。サロマォンは今作ではグランドピアノに加えキーボードも用い、随所で新しいサウンドの広がりを演出している。
アルバムには多数のMPBの名曲が収録されている。エリス・へジーナ(Elis Regina)の歌唱で知られる(1)「Vento de Maio」、ジョイス・モレーノの(6)「Samba de Mulher」、バーデン・パウエルの代表曲(8)「Canto De Xangô」、ジョアン・ボスコが作った“ブラジル第二の国歌”(10)「O Bêbado e a Equilibrista」などなど──。そうした極上の素材を、極上の新しい味付けによって魅力的に料理する二人に脱帽の内容だ。
(5)「Béradêro」は1991年に発表されたシコ・セーザル(Chico César)の代表曲で、今作中唯一のゲストとしてシコ・セーザル自身がヴォーカルで参加。ヴァネッサとサロマォンの洗練とは対照的とも思えるような北東部音楽の精神性を体現するシコ・セーザルのプリミティヴでソウルフルな魂の声は、同じくブラジルの精神性を内に秘めたデュオの音楽性を内面から突き動かす。
今作屈指の美しいメロディーをもったサンパウロのSSWギリェルミ・アランチス(Guilherme Arantes)作の(7)「Um Dia, Um Adeus」や、ジャクソン・ド・パンデイロ(Jackson do Pandeiro)によって有名になった(4)「Chiclete Com Banana」といった楽曲の演奏も素晴らしい。
ブラジル音楽文化への敬愛に根差しつつ、ジャズの自由な即興や情感豊かな表現を持ち込み、彼らの独創性が存分に発揮された傑作。
Salomão Soares プロフィール
ピアニストのサロマォン・ソアレスはブラジル北東部のパライーバ州の自然豊かな地で生まれた。父親はルイス・ゴンザーガ、パウリーニョ・ダ・ヴィオラ、エリス・レジーナなどを聴き、母親もギターをつま弾き歌うという音楽好きの家庭で育ち、サロマォン少年も街のバンドでサックスを吹いたりパーカッションを叩いていた。2008年から作曲や編曲に没頭し、サンパウロに移住しエルメート・パスコアール・グループの鍵盤奏者アンドレ・マルケスに師事。音楽院でポピュラーピアノを学び、2017年にはスイスのモントルー・ジャズフェスティヴァルのピアノコンクールのファイナリストに。
これまでにエルメート・パスコアール、トニーニョ・フェハグッチ、レニー・アンドラーヂなど巨匠たちとも共演し、ここ数年のブラジル音楽界で最も注目されるピアニストのひとりとなっている。
Vanessa Moreno プロフィール
一方のヴァネッサ・モレーノは15歳の頃からギターを弾き始め、音楽を始めている。彼女の家庭環境も音楽的に恵まれており、ガットギターでサンバなど弾く父と、エリス・レジーナやミルトン・ナシメント、さらにはピンク・フロイドやイエスなどのプログレッシヴ・ロックも好む母と共に音楽を楽しんでいたという。
彼女はサンパウロの市立音楽学校で1年間クラシックの声楽を学んだが、ほどなくしてポピュラー音楽の学校に転学し知識と技術を深めた。ダニ・グルジェルによって“ノヴォス・コンポジトーレス(新しい作曲家たち)”のひとりとして見出され、元夫でベーシスト、フィ・マロスティカとの共同名義でリリースした『Vem Ver』(2013年)は日本でも注目を集めた。
Salomão Soares – piano, keyboard
Vanessa Moreno – vocal
Guests :
Chico César – vocal (5)