ドイツの気鋭音楽家ファビア・マントウィル、より洗練された第二作
オーケストラを率いてのデビュー作である前作『EM.PERIENCE』が絶賛されたドイツ・ベルリンの作曲家/サックス奏者のファビア・マントウィル(Fabia Mantwill)の新作『IN.SIGHT』がリリースされた。前作がアフリカでの経験など外部からの刺激を創造の基調としていたのに対し、今作は彼女の内面的な旅を描き、”inside”と”sight”を組み合わせたタイトルがそれを象徴している。
前作から引き続き、“現代ジャズギターの皇帝”ことカート・ローゼンウィンケル(Kurt Rosenwinkel)がゲスト参加。ほかにクラリネット奏者アナット・コーエン(Anat Cohen)、セネガルのコラ奏者モミ・マイガ(Momi Maiga)らがソリストとして名を連ねており、さらに全曲の共同作曲家としてスナーキー・パピー(Snarky Puppy)のマイケル・リーグ(Michael League)とバンダ・マグダ(Banda Magda)のマグダ・ヤニクゥ(Magda Giannikou)が関与するという豪華ぶりも見逃せない。
今作に収録された6曲は、ファビア・マントウィルとマイケル・リーグ、そしてマグダ・ヤニクゥの3人によるわずか72時間の共同制作セッションでコアとなる部分が完成されたという。短時間で洗練された作品を生み出す必要性から生まれた楽曲群は、ロジカルであるよりも直感的であることを重視し、多層的なニュアンスを楽曲に注入。メトロポール・オルケスト(Metropole Orkest)との仕事などマイケル・リーグのラージアンサンブルの経験も、ジャズやクラシック、アフリカ音楽など多様な音楽文化を融合した成熟したアレンジに寄与したという。
全曲解説
アルバムは日本語のタイトルが冠せられた(1)「Satoyama」(里山)で幕を開く。このタイトルについては、YouTubeのディスクリプションに「人と自然が調和して共存する場所。地球を尊重し、育むという誓い。所有ではなく、与え、尊重し、分かち合う関係。故郷。」と記されている。中間部ではファビア・マントウィル自身のテナーサックスのソロがフィーチュアされている。
(2)「Whirl The Wheel」は15/8拍子という変拍子のファンキーなグルーヴがとにかくかっこいい。ここではゲストとしてアメリカのラップスティールギター奏者ルーズヴェルト・コリアー(Roosevelt Collier)が参加。エフェクターで音色を変えながら、支配的なソロで魅せる。
オーケストラのメンバーであるオーストリア出身のヴィブラフォン/マリンバ奏者デヴィッド・ソイザ(David Soyza)の演奏も地味ながら非常に効果的だ。調べてみると彼は2020年にカルテットを率いたリーダー作『Taking the Lead』もリリースするなど、その活動に注目したい。
(3)「Circular」にはセネガルのコラ奏者モミ・マイガ(Momi Maiga)が参加。現在はカタルーニャを拠点とする彼は1997年生まれの気鋭音楽家であり、ヨーロッパにおける新世代の西アフリカ系アーティストの中でも最も際立った評価を受けている。
ファビア・マントウィルは前作において自身のアフリカでの文化的体験を強く反映していたが、今作でもっともその作風を受け継いだ楽曲と言える。パズルのように気持ちよく絡み合ったアフリカ由来の三連符系のリズムの上に独創的な和音進行が乗る、彼女らしい洗練された曲調が印象的で、そこに卓越したコラの即興を乗せるモミ・マイガにアフリカの伝統音楽とジャズとの親和性の極みが見て取れる。
よりクラシカルで親密な雰囲気を醸す(4)「Sleeping Giant」にはオランダ出身のフレンチホルン奏者モリス・クリップホイス(Morris Kliphuis)と、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のアコーディオン奏者ゴラン・ステヴァノヴィチ(Goran Stevanovich)がフィーチュアされている。クラシックのバックグラウンドを持ちながらフレンチホルンの即興の可能性を開拓することに情熱を注ぐモリス・クリップホイスと、複雑な歴史を持つ国に生まれ育ったゴラン・ステヴァノヴィチの演奏の化学反応は凄まじく、多文化が鬩ぎ合う欧州社会における“眠れる巨人”の不気味な存在感を見事に表している(多国籍のメンバーで演奏されるこの楽曲の演奏には、不安と希望、どちらが多く込められていると思いますか?)。
(5)「Olhos」にはイスラエル出身のクラリネット奏者アナット・コーエン(Anat Cohen)が参加。タイトルはポルトガル語で「目」。10拍子の重厚なオーケストラをバックにアナット・コーエンは情感豊かなソロを吹く。
アルバムのラスト、悲壮的なストリングスのアンサンブルで始まる(6)「Fairy Glen」はギタリストのカート・ローゼンウィンケル(Kurt Rosenwinkel)がフィーチュアされている。今作の中でも特にドラマティックな展開の楽曲で、オーケストラのスコアも素晴らしく、ファビア・マントウィルという音楽家の底知れぬ才能を感じさせる。
Fabia Mantwill 略歴
ファビア・マントウィルは1993年ドイツのケムニッツ生まれで、幼少期からギター、ピアノ、フルートなど様々な楽器を通じ音楽に親しんできた。バンドリーダーや作編曲家としていくつかの異なるプロジェクトを進行しており、自身の25名ほどの編成のオーケストラによる初のアルバム『EM.PERIENCE』を2021年にリリースしてその完成度の高さから話題に。このオーケストラでの活動のほか、自らのクインテットを率いてのライヴ活動なども行なっている。
世界各地で公演を行っており、これまでの活動のなかでタイショーン・ソーリー(Tyshawn Sorey)、ジェイソン・モラン(Jason Moran)、ヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer)、エリック・ハーランド(Eric Harland)、リンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)、マーク・ジュリアナ(Mark Guiliana)、ファビアン・アルマザン(Fabian Almazan)といった現代を代表する音楽家たちとも関係を築くなど世界を繋ぐ若手の音楽家としてその活動が注目されている。
FABIA MANTWILL ORCHESTRA :
Anne-Sophie Bereuter – violin
Luiza Labouriau – violin
Marit Behnke – violin
Annabelle Dugast – violin
Julia Czerniawska – violin
Almut Wolfart – violin
Johanna Hempen – violin
Valerie Leopold – violin
Leonie Flaksman – violin
Christina Döring – violin
Çiğdem Tunçelli – violin
Alexina Hawkins – viola
Marc Kopitzki – viola
Yağmur Atagür – viola
Johann-Vincent Slawinski – viola
Liron Yariv – cello
Tabea Schrenk – cello
Mireia Peñalver – cello
Tilmann Dehnhard – flutes
Matthew Halpin – tenor saxophone
Daniel Buch – baritone saxophone
Jo Hermans – trumpet
Johannes Böhmer – trumpet
Jan Landowski – trombone
Tobias Herzog – bass trombone
Teresa Emilia Raff – harp
David Soyza – vibraphone, marimba
Charis Karantzas – guitar
Igor Spallati – bass
Fabian Rösch – drums
Marcio Doctor – percussion
FEATURED ARTISTS :
Kurt Rosenwinkel – guitar (6)
Anat Cohen – clarinet (5)
Roosevelt Collier – lap steel guitar (2)
Momi Maiga – kora (3)
Morris Kliphuis – french horn (4)
Goran Stevanovic – accordion (4)
Fabia Mantwill – tenor saxophone, voice