オデッド・ツールが拡張するテナーサックスの音楽表現
サックスは「木管楽器」だ。ピカピカの真鍮1(ブラス)でできているのになぜ?と思うかもしれないが、楽器の分類はその材質ではなく、音を出す仕組みによって決められている。サックスはクラリネットなどと同じようにリードと呼ばれる葦でできた薄い板を振動させて音を出すことから、木管楽器に分類されるのだ。そして、サックスと同じように真鍮製のトランペットやトロンボーンは、リードを使わずに唇の振動によって音を出すため、これらは見た目どおり「金管楽器」に分類される。
楽器というのは、やはりその材料を感じさせる音が出る、と思う。木でできたクラシックギターやチェロはあたたかな木の音がするし、土(粘土)でできたオカリナは土の音がする。太鼓を叩けば獣の皮の音がするし、やはり金属でできたサックスやトランペットを吹けば金属の音がする。そんな気がする。
ジャズの花形であるテナーサックス奏者の熱い咆哮のようなブロウは、やはり金属の音なのだ。硬くはないが、柔らかい金属の音。ジョン・コルトレーンもソニー・ロリンズも、デクスター・ゴードンだって、そう。真鍮の音。
けれどここに、テナーサックスをまさに“木の音”で吹くジャズ・サックス奏者がいる。
名はオデッド・ツール(Oded Tzur)。
彼が奏でるテナーサックスは、ごくごく普通の真鍮製の楽器なのに、なぜだか“木の音”がする。もっと言えば、木管(文字どおり、木でできた筒)の中をとおる、“風の音”がする。オデッド・ツールのテナーサックスはいつもとても繊細で、まるでヨガの呼吸の延長にあるかのようだった。
彼のサックスはずっと、そんな印象だった。
けれど、2026年3月初頭にリリースされた彼の新作『Make A Sound』を聴いて、正直僕はかなり驚いた。
サックスのダイナミック・レンジが明らかに広がっているのだ。それは単に音量のことだけではなく、感情表現の幅という意味でも、これまでの彼の作品からは感じられなかった異質さがあった。
オデッド・ツールは今作で、これまでと変わらず、静かに祈るような、木の中をそっと通り抜ける微風のような音色だけでなく、もっと新しい表現を果敢に取り入れていた。その音色は、やはり金属ではなく木だ。だが、その振動は時折これまでよりも遥かに激しく、燃えるような……怒りが感じられた。
争いの絶えない社会への怒りが滲む
オデッド・ツールは今作を、一種のプロテスト・アルバムだと定義している。
「これは私たちが失ってしまった“正気”からの絵葉書のようであり、いつかどうにかしてその“正気”が再発見されることを願うアルバムなのです」
これまでピアニストを含むカルテットを基本編成としてきたオデッドだが、今回は編成にも大きな変化を加えている。クインテットのメンバーに迎えたのは同郷イスラエル出身の世界的ギタリストのギラッド・ヘクセルマン(Gilad Hekselman)、米国アイオワ州出身のベース奏者ジョー・マーティン(Joe Martin)、ニューヨーク出身のドラムス奏者ナシート・ウェイツ(Nasheet Waits)、そして特筆すべきはインド出身のサーランギ2奏者ヴァンラージ・シャーストリー(Vanraj Shastri)。ジャズとしてはかなり珍しい編成だ。
物語の始まりを告げる(1)「Radial Artery」(橈骨動脈3)で、彼のテナーの管のなかを吹く風は、最初は“木の音”を奏で、そして次第に吹き荒む嵐のように変化してゆく。(2)「Make A Sound」では、ついに自作の詩を歌っている。彼の静かなサックスと同じように、その歌は静かに語りかけるように…だが確かな意思をもって誰にともなく問いかけている:
地面が鼓動しているのを感じられるかい
(2)「Make A Sound」
愛はどこへ行くのだろう
ゲームをしていて、見つけてくれるのを待っているのか
お願い、お願い、お願いだから、声を上げてくれないか
けれどあまり大きくしすぎないで、周りにはサイレンが鳴り響いている
歌につづくテナーサックスは、ピアニッシモから徐々に熱を帯び、これまでの彼のアルバムでは聴いたこともないような激しいフォルテッシッシモへと達する(彼はサックスをこんな音で吹くような人じゃなかったはずだ)。
彼がInstagramで投稿した「僕が政治的な歌を書くとは思ったこともなかった。ましてや歌うなんて」という一文は、状況がどれだけ切迫しているかを示している。
このアルバムは、音楽を通じて人間の在り方を探求しつづける稀有なアーティストによる、現在のイスラエルを取り巻く悲劇的な状況に対する彼なりのレスポンスなのだ。
収録された楽曲の多くは自由な即興で構築されている。サーランギが奏でるラーガの即興も、ギターやベース、ドラムスが拠り所とするジャズも、ここではその境目はない。オデッド・ツールは瞑想するように見守りながら、界面活性剤のようにそれらを溶かし、混ぜ合わせてゆく。
後半に収められたジャズ・スタンダードの(8)「Moon River」は、憎しみの連鎖という絶望的な状況のなかで少しでも明るく精神を保とうとする、素晴らしく美しい演奏だ。オデッド・ツールらしい“木の音”。ギラッド・へクセルマンも優しく歌うようにギターを弾く。
Oded Tzur 略歴
オデッド・ツールは1984年イスラエル・テルアビブ生まれ。名門テルマ・イェリン芸術高等学校とエルサレム・アカデミーでジャズとクラシック音楽を学んだ。
17歳のある日、彼は小川の土手を歩いているとき、サックスのリードを作る植物(=葦)に出会った。その瞬間、彼は自分がこれまでに吹いたすべての音、そしてデクスター・ゴードン(Dexter Gordon, 1923 – 1990)を含む自分のヒーローたちの全ての音を生み出した植物と対面していることに気づいた。彼は突然、かなり強烈に、デクスターのことが大好きだったにもかかわらず、デクスターの文脈ではなく自分自身の文脈に立つ必要があると感じたという。
これが彼にとっての大きな転換期だった。その頃の彼が望んでいたのは、デクスターのような音を出して、その伝統を前進させることだけだったからだ。
その後の数年間、オデッド・ツールはフラメンコやバルカン半島のブラスバンド、西洋のクラシック音楽など自身の音楽の新たなアイデンティティとなり得るかもしれないものに一時的に情熱を燃やしたが、それらはいずれも長続きするものではなかった。
オランダのロッテルダム世界音楽アカデミーに入学し、インド古典音楽の第一人者であるハリプラサード・チョウラシア(Hariprasad Chaurasia)に出会ったことが彼のライフワークを決定づけた。
ラーガの普遍的な芸術形態に魅了された彼は、チャウラシアのバンスリ演奏や他のインド楽器に触発されながら自身の楽器であるサックスでの微分音の表現方法を開発し、それをミドル・パス(Middle Path)と名付け、以来アムステルダム音楽院、コペンハーゲン音楽院、ジュリアード音楽院などで講師としてもこの技法を広めてきた。
ニューヨークでの活動を経て2015年に『Like A Great River』でデビュー。以降、多くはカルテットを率い、独自の哲学に基づいたジャズを演奏し続けている。
Oded Tzúr – tenor saxophone, vocal
Gilad Hekselman – guitar
Vanraj Shastri – sarangi
Joe Martin – double bass
Nasheet Waits – drums
- 真鍮(しんちゅう)…銅と亜鉛を混ぜ合わせた合金で、別名「黄銅(おうどう)」やブラス(Brass)とも呼ばれる。錆びにくく加工しやすいためインテリアやアクセサリー、文房具など多くの製品に使われており、身近なところでは5円玉は真鍮製。楽器ではサックスやトランペット、トロンボーン、ホルンなどの管体に多く採用されている。 ↩︎
- サーランギ(Sārangī, ヒンディー語: सारंगी)…インド周辺の伝統的な擦弦楽器。インド伝統音楽であるヒンドゥスターニー音楽の重要な楽器のひとつ。 ↩︎
- 橈骨動脈(とうこつどうみゃく)…前腕の親指側を通る主要な動脈。手首で脈拍を触れる際に一般的に使われる血管。 ↩︎