カリビアン・ジャズの貴公子グレゴリー・プリヴァがピアノと歌で描く、愛と再生の物語

Grégory Privat - Darling

マルティニークの詩人グレゴリー・プリヴァ新譜『Darling』

カリブ海に浮かぶフランス領マルティニーク出身のピアニスト/シンガーソングライター、グレゴリー・プリヴァ(Grégory Privat)の新譜『Darling』。現代クレオール・ジャズの傑作と言って過言ではない傑作だろう。

ソロピアノ作品『Yonn』(2022年)やトリオでの野心作『Phoenix』(2024年)を経て、今回のソロ作は彼のキャリアの頂点のように感じる。カリブのルーツと、多様性の受容感度の高いフランスの感性が生んだ洗練された芸術であり、ポップカルチャーの親しみやすさも兼ね備えた彼のピアノと歌は、(1)「Darling」でいきなり明らかにされる。効果的なオーグメント1の使用を特徴とした美しくモダンな楽曲で、彼が1人で演奏するピアノ、歌とコーラス、それにパーカッション(おそらくはちゃんとした打楽器ではなく、ピアノを素手で叩いている)は、どこまでも親密で楽観主義的でポジティヴだ。歌詞は自らの弱さを曝け出し、恋人との関係の修復を切望。どう考えても直後のハッピーエンド以外がなさそうな、素晴らしいオープニングだ。

(1)「Darling」

アンティル・クレオール語2のタイトルが冠せられた(2)「Si’w Té Sav」は、フランス語の「Si tu savais」(もし君が知っていたなら)に相当する。シンセサイザーで表現する、どこか掴みどころのない浮遊感の上で繰り広げられるピアノの困惑したような即興が印象的だ。

MVも公開されている(5)「Palaviré」は、短調のテクニカルなピアノと、長調で展開するサビ部分の対比のエモさが際立つ。わずか3分弱のピアノのみの演奏だが、10本の指から創られているとは思えないほど豊かな演奏で、今作の文字通りの中心となっている。

(5)「Palaviré」

その卓越したピアノの演奏技術に注目されがちだが、思えばグレゴリー・プリヴァというアーティストは、プレー山3の噴火で生き残った囚人オーギュスト・シパリ4の伝説をテーマとした初期作『Tales of Cyparis』の頃からずっと、詩人であり、稀代のストーリーテラーだった。たった1人で、様々な表現方法を試みた今作は、彼の世界観や“生き方”そのものの表れだ。

完全にソロのピアノで演奏される(7)「Les Roses De La Vie」(人生の薔薇)こそ、彼の本質的を晒す独壇場だ。若きジャズマンたちが自らのルーツを再定義する近年のグローバル・ジャズの潮流の中で、グレゴリー・プリヴァはピアノという楽器を打楽器のようにも歌い手のようにも操り、マルティニークの土着的エネルギーを、これ以上ないほどに洗練された現代ジャズの文脈へと昇華させている。

マルティニークが生んだ現代のピアノの詩人、Grégory Privat

グレゴリー・プリヴァ(Grégory Privat)は、1984年仏領マルティニーク生まれのピアニスト/作曲家。父親のホセ・プリヴァ(Jose Privat)はマルティニークの伝統音楽をジャズと融合し1980年代に人気を博したバンド、マラヴォワ(Malavoi)に中途加入したピアニストだった。

6歳頃より父親に勧められピアノを始めたグレゴリーは、10年間クラシックピアノを学んだ後、ジャズの即興演奏や作曲を始めた。大学は工業系で、学生時代はエンジニアリングを学びながらジャズを演奏する生活を送る。大学卒業後2004年から2007年まではエンジニアの職に就きながら度々セッションに参加していたが、音楽の夢を諦めきれずに27歳でプロのピアニストに転向。2008年にはモントルー・ジャズ・フェスティバル・コンクールで準優勝、2010年にはマーシャル・ソラル・コンクールで準決勝に進出した。

2011年にデビュー作『Ki Koté』で圧倒的な作曲能力やピアノの技巧を披露し世界中で話題に。さらにグアドループ出身のドラマー/パーカッショニスト、ソニー・トルーペ(Sonny Troupé)との2015年のデュオ作品『Luminescence』での異国情緒溢れるジャズでさらに多くのファンを獲得した。
2017年にはスウェーデンのベーシスト/チェリスト、ラーシュ・ダニエルソン(Lars Danielsson)のプロジェクト『Liberetto III』にティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)の後継として参加。

知的かつ情熱を感じさせる個性的な演奏は、今も多くの人々を魅了し続けている。

Grégory Privat – vocals, piano, synthesizers, percussions

  1. オーグメント(augment)…メジャーコードの5度の音を半音高くした和音。構成音はすべて長3度で積まれ、緊張感のある不協和な響きが特徴。経過的に用いられることが多い。 ↩︎
  2. アンティル・クレオール語…カリブ海のフランス領(マルティニーク、グアドループ等)で話される、フランス語を基礎にアフリカ諸語や先住民の言葉が混ざり合って生まれた言語。17-18世紀の植民地・奴隷制下で形成され、語彙は主にフランス語だが文法は簡略化され、独自の表現を持つ生活言語。 ↩︎
  3. プレー山(Montagne Pelée)…マルティニーク島にある活火山で、同島で最も高い山。1902年に大噴火を起こし、当時の県庁所在地だったサン・ピエールを全滅させた。この噴火で約30,000人が死亡、20世紀の火山災害中最大であったことで知られる。 ↩︎
  4. オーギュスト・シパリ(Louis-Auguste Cyparis, 1874 – 1929)…多大な被害を被った1902年のプレー山噴火で、サン・ピエール市内でわずか生き残った3人のうちの1人。Wikipedia ↩︎

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