口腔から深淵へ。Silvia Perez Cruz『Oral_Abisal』
カタルーニャを代表するシンガーソングライター、シルビア・ペレス・クルス(Silvia Perez Cruz)が2026年5月にリリースした新譜『Oral_Abisal』を聴いて、私は「とてつもなく絵画的な音楽だな」と感じた。脳裏に即座に浮かぶのは、同郷の画家であるサルバドール・ダリ(Salvador Dalí)やジョアン・ミロ(Joan Miró)だ。心の奥底に眠る想像力が、夢のような自由さ(=シュルレアリスムという便利な言葉もある)で表現された彼らの絵が乗り移ったような世界観。“口腔から深淵へ”という大胆で挑戦的なタイトルからして、近年の充実した創作活動によってますます神秘性の増すシルビア・ペレス・クルスの集大成的な一枚と言っても過言ではなさそうだ。
人生の循環という壮大なテーマを描き出した前作『Toda la vida, un día』(2023年)から3年。今作のOral(口腔)とAbisal(深淵)は、“温もりと冷たさ”、“全ての始まりと飽くなき探求”といった対比を象徴する。記憶の固執と、その崩壊。具象と抽象が共存する世界。ギターやストリングス、管楽器をサウンドに中心に据えつつ、一部では心臓の鼓動を思わせる打楽器によって彩られる、夢の中のような世界が広がる。
想像の翼は、大西洋を越える。
(4)「Moreno」や(10)「É triste viver sem seu amor」では、ブラジルのボサノヴァの豊かな和音を取り入れたシルビア・ペレス・クルス風のサウダーヂを表現。
人生という、流動的で理解し難いモノに対する混乱を飲み込み受け入れるのもまた、音楽という寛容なのだ。
“口承”と“未知”。もしくは“真皮”と“表皮”。
印象的なのは、「授乳しながら、洗濯しながら作曲した」という彼女の発言だ。シルビア・ペレス・クルスの作品は以前から女性性と切り離せなかったが、本作ではその身体性がさらに核心へ入っているようにも思える。
Sílvia Pérez Cruz 略歴
シルビア・ペレス・クルスは1983年スペイン・カタルーニャ州生まれ。母親は彼女にサックスとピアノの演奏、ダンスと彫刻を教え、父親は彼女にギターを教えた。カタルーニャ高等音楽院(ESMUC)ではピアノとサックスを学び、ジャズ・ヴォーカルで学位を取得。
2004年に女性4人でフラメンコ・ユニット、ラス・ミガス(Las Migas)を結成しヴォーカリストを担当。グループはその高い芸術性で Instituto de Juventud による「最高のフラメンコ・グループ」の賞を受賞するなどすぐに話題となり、シルビアも同国を代表する歌手として認知されるに至った。
2011年にソロ活動に専念するためラス・ミガスを脱退し、コントラバス奏者のハビエル・コリーナ(Javier Colina)との共同名義でアルバム『En La Imaginación』(2011年)を発表。
2018年には日本とスペインの国交樹立150周年を記念した日本企画のベスト盤も発売され、同年に初来日しブルーノート東京で公演を行った。