ガブリエル・グロッシたちによるパスコアール・トリビュート『Hermeto Universal』
現代のブラジル音楽やジャズ、あるいは音楽という概念そのものに絶大な影響を与え、2025年に惜しまれつつ亡くなったブラジルの音楽家エルメート・パスコアール(Hermeto Pascoal)への最大限の敬意が込められたトリビュート・アルバム『Hermeto Universal』がリリースされた。彼の音楽哲学である「Música Universal」(ユニバーサル・ミュージック = 国境のない、自由で創造的な音楽)を見事に体現する、音楽ファン必聴の作品だ。これまでエルメート・パスコアールの音楽を聴いたことがない人も、ぜひこの作品をきっかけに未知の音楽への扉を開いてほしい。
アルバムはブラジル出身の超絶的なハーモニカ奏者ガブリエル・グロッシ(Gabriel Grossi)、フランス出身の鍵盤奏者ローラン・クーロンドル(Laurent Coulondre)の双頭名義だが、リズムセクションにスナーキー・パピー主宰者でベーシストのマイケル・リーグ(Michael League)、キューバ出身の名ドラマー ルイ・アドリアン・ロペス・ヌッサ(Ruy Adrian López Nussa)を擁するスーパーバンドでの演奏が核となっている。ここに多くの曲でブラジルだけでなく欧州やインドなど世界中から現代の音楽を代表するミュージシャンがゲストとして参加し、それぞれ独自の解釈を加えながらインスピレーションに満ちた“普遍的なエルメート”を形作ってゆく。
アルバムにはエルメート・パスコアールの代表曲がいくつも収録されており、まるで万華鏡のようだ。
(1)「Chorinho Pra Ele」はパスコアールを代表する曲で、伝統的なショーロを意識しつつもその様式を超越した美しき難曲。コア・カルテットによる演奏で、各者の技量が際立つ楽曲だが、とりわけミリ単位の繊細な楽器操作と、吸音と吹音の素早い切り替えが要求されるクロマチック・ハーモニカで超高速フレーズを演奏するガブリエル・グロッシの技巧には驚嘆させられる。
(2)「Bebê」には4つのバルブを持つ“微分音トランペット”で有名なレバノン系フランス人トランペッター、イブラヒム・マアルーフ(Ibrahim Maalouf)がゲスト参加。ハーモニカとのユニゾンでテーマを奏でたあとは微分音も交えた繊細なニュアンスのソロで、このパスコアールの名曲に新しい色彩を与えている。
現在のブラジル音楽シーンを代表する才媛ヴァネッサ・モレーノ(Vanessa Moreno)は(3)「De Sábado pra Dominguinhos」でフィーチュアされ、スキャットを披露。原曲はブラジル北東部音楽の巨匠ドミンギーニョス(Dominguinhos, 1941 – 2013)への敬愛を込めてパスコアールが作曲したものだが、ヴァネッサ・モレーノはパスコアールの永遠の音楽への限りない称賛を全身全霊で表現している。
インド出身で伝統的なカルナティック音楽の卓越した表現者であり、さらにそれらをジャズやブラジル音楽と接続する新世代の歌手ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパル(Varijashree Venugopal)の参加も特筆すべきトピックだ。彼女が歌う(4)「Montreux」は1979年にパスコアールが出演し、彼の国際的評価を決定的なものにしたモントルー・ジャズフェスティヴァルのために作られ、実際にそのステージで披露された曲(YouTubeでその映像を観ることができる)。ゆったりと落ち着いた曲調ながら、楽曲の中では様々な表情や感情が描かれる映像的なインストの名曲だが、ここではパスコアールのフルートが演奏した原曲のメロディーが、ヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパルのインド風の再解釈によって新たな滋味で蘇っている。
(8)「Canção no Paiol em Curitiba」にはスペインの木管奏者ホルヘ・パルド(Jorge Pardo)が参加。短いトラックだが、ガブリエル・グロッシのハーモニカとの抒情的な共演が美しい。(9)「Suite Norte Sul Leste Oeste」にはエルメートの息子であり打楽器奏者のファビオ・パスコアール(Fábio Pascoal)が参加し、生前のエルメートのバンド「グルーポ」を彷彿させるような、自然からインスパイアされた豊かなパーカッション演奏を聴かせてくれる。
(11)「Capivara」では、フルート/サックス奏者バティスト・エルバン(Baptiste Herbin)とフルート奏者クリステル・ラキエ(Christelle Raquillet)というフランス現代ジャズを代表する二人の音楽家をフィーチュア。
ラストの(14)「Catarina e Tereza」は、ガブリエル・グロッシの双子の娘の名前が冠された楽曲で、彼と生前のエルメート・パスコアールがハーモニカとピアノだけで録音した未発表曲。二人の共作曲とされ、思索的で即興的な音楽の創造プロセスを垣間見ることができる。
Gabriel Grossi – harmonica
Laurent Coulondre – keyboards, piano
Michael League – bass
Ruy Adrian López Nussa – drums
Guests :
Ibrahim Maalouf – trumpet (2)
Vanessa Moreno – vocal (3)
Varijashree Venugopal – vocal (4)
Chris Potter – saxophone (5)
Laura Dausse – vocal (6, 9)
Jorge Pardo – flute (8)
Fábio Pascoal – percussion (9)
Baptiste Herbin – flute, saxophone (11)
Christelle Raquillet – flute (11)
Hermeto Pascoal – piano (14)