島国カーボベルデと、伝統音楽モルナ
FIFAワールドカップ2026で、W杯初出場ながら予選リーグを無敗で突破し、決勝トーナメントで120分の死闘の末惜しくも前回王者のアルゼンチンに2-3で敗れた、大西洋の島国カーボベルデ。人口わずか55万人の小国が巻き起こした奇跡のような躍進に世界中が熱狂した。
そんなカーボベルデは、アフリカとポルトガルの文化が融合した豊かな音楽文化でも知られている。今回は、カーボベルデを代表する伝統的な大衆音楽である「モルナ(Morna)」の新譜を紹介したい。
まず、モルナ(Morna)とは、カーボベルデで古くから歌い継がれてきた、哀愁と郷愁に満ちた伝統音楽である。
世界的には、“裸足のディーヴァ”の愛称で知られるセザリア・エヴォラ(Cesária Évora, 1941–2011)が歌った1992年の大ヒット曲「Sodade」によって広く知られるようになった。
伴奏にはカヴァキーニョやギターなどの弦楽器が中心に用いられ、アコーディオンやクラリネット、ヴァイオリン、ピアノ、打楽器などが加わることもある。歌詞では、移住の歴史を背景とした郷愁や望郷の思いを意味する「ソダーデ(Sodade)」が主要なテーマとして歌われる。
モルナは2019年にはユネスコ(UNESCO)の無形文化遺産に登録され、今日ではカーボベルデを代表する音楽文化として世界的にも高く評価されている。
カーボベルデの新世代歌手、クレミルダ・メディーナが歌い継ぐモルナ
1991年にカーボベルデ・サンヴィセンテ島のミンデロ(セザリア・エヴォラもミンデロ出身)に生まれた歌手クレミルダ・メディーナ(Cremilda Medina)の3枚目のスタジオ・アルバム『Lágrima』(2026年)は、モルナが本来持つ静謐な美しさを見つめ直した意欲作だ。伴奏はギターやカヴァキーニョなどの弦楽器を中心としたアコースティック編成に徹し、現代的な装飾を極力排することで、歌そのものが持つ豊かな情感を丁寧に浮かび上がらせている。
収録曲には、セザリア・エヴォラの代表曲として世界的に知られる(2)「Miss Perfumado」をはじめ、国民的詩人であったビー・レザ(B. Léza, 1905 – 1958)や、最も有名な詩人/作曲家のひとりであるマヌエル・デ・ノヴァス(Manuel de Novas, 1938 – 2009)ら、カーボベルデ音楽史を彩ってきた作家たちの作品を多数収録。よく知られた名曲だけでなく、忘れられつつあるレパートリーにも光を当て、モルナの歴史そのものを辿るような一枚に仕上げている。
また、ナンシー・ヴィエイラ(Nancy Vieira)、アナ・フィルミーノ(Ana Firmino)、マリア・アリス(Maria Alice)といった実力派女性歌手もゲスト参加。世代を超えて歌い継がれるカーボベルデ音楽の豊かな伝統を感じさせる共演陣だ。
アルバムタイトルの「Lágrima」はポルトガル語で「涙」。これが象徴するように、作品全体を包むのは喪失や郷愁、そしてソダーデと呼ばれるカーボベルデ独特の感情だ。クレミルダ・メディーナはインタビューで今作について「悲しみ、憧憬、そして愛を巡る非常に個人的な旅であり、カーボベルデ音楽史における名曲を蘇らせることを目的としている」と語る。ビー・レザによって90年も前に作られ、セザリア・エヴォラによって30年前に蘇った(2)「Miss Perfumado」が象徴するように、彼女は伝統をただ保存するのではなく、いまを生きる音楽として歌い継ぐ。
Cremilda Medina プロフィール
クレミルダ・メディーナは、1991年カーボベルデ・サンヴィセンテ島ミンデロ生まれのシンガー。幼少期から歌に親しみ、9歳で地元の歌唱コンテストに出演。その後、若手バンド「Rytmos」や「Noites de Mindelo」で経験を積み、テレビの新人発掘番組「Talentu Strela」でファイナリストとなったことで全国的な注目を集めた。2011年にはサン・ヴィセンテ島の音楽賞「Mindel Prémio」で最優秀女性歌手賞を受賞している。
カーボベルデを代表する伝統音楽モルナを軸に活動し、敬愛するセザリア・エヴォラ(Cesária Évora, 1941 – 2011)やバナ(Bana, 1932 – 2013)、イルド・ロボ(Ildo Lobo, 1953 – 2004)らの系譜を受け継ぐ歌手として高い評価を獲得。深い情感と繊細な表現力を持つ歌声で、モルナやコラデイラを現代へ継承する新世代の担い手として国内外で活躍している。
近年は、カーボベルデ音楽の文化的価値を未来へ伝えることを重要なテーマに掲げ、伝統レパートリーの再評価にも積極的に取り組む。2026年発表のアルバム『Lágrima』では、弦楽器のみの編成による13曲を通じて、忘れられつつあるモルナの名曲や作曲家たちに新たな光を当て、カーボベルデの音楽遺産への深い敬意を示した。