10月15日(木)に東京・ハクジュホールでコンサートを行う<ヘナート・ブラス & フレンズ>のメンバー中から、本稿では、ギリェルミ・ネヴィス(ヴォーカル/ギター)を紹介。

─ 公演概要 ─
🇯🇵<ヘナート・ブラス & フレンズ>
・ヘナート・ブラス(ヴォーカル/ギター/パーカッション)
・フレッヂ・マルチンス(ヴォーカル/ギター)
・ギリェルミ・ネヴィス(ヴォーカル/ギター)
・マリオ・ジル(ヴォーカル/ギター)
10月15日(木)
開演 19:00(開場 18:00)
ハクジュホール
〒151-0063 東京都渋谷区富ヶ谷1-37-5
チケット購入方法:
①チケットぴあ(Pコード 330-888)
https://w.pia.jp/t/renatobraz-friends/
②Toca de Aparecida(店頭にて)
https://linktr.ee/Toca_de_Aparecida
③木の家イベント(申込フォームより)
https://forms.gle/Md5aZ7RrtSmnG9JHA

ギリェルミ・ネヴィス|Guilherme Neves
ブラジルの歌手、作曲家、ギタリスト。リオデジャネイロ州ニテロイに生まれ、バイーア州サルヴァドールで少年期から青年期を過ごし、1990年代初めからサンパウロを拠点に活動している。サンバ、ボサノヴァ、ショッチなど、ブラジルの歌が育んできたリズムと旋律を、自らの生活や記憶に引き寄せながら作品にしてきた。ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)への敬愛を音楽的な背景にもち、歌とギターを通して、言葉の抑揚や旋律の細やかな動きを伝える表現を大切にしている。
その活動は、自作を一人で歌うことにとどまらない。ヘナート・ブラス(Renato Braz)、フレッヂ・マルチンス(Fred Martins)、ブルーノ・コンヂ(Bruno Conde)、ブレーノ・フイス(Breno Ruiz)らとの共演や共作を重ね、歌い手、演奏家、作詞家との関係のなかでレパートリーを育ててきた。2024年の公演「Pedra do Sal」は、過去約20年間の創作を振り返る内容として紹介されている。近年のアルバムによって初めて彼を知る聴き手も多いが、その背後には、長く続く作曲と演奏の蓄積がある。
作曲家としての足跡を示す録音の一つが、ヘナート・ブラスの2012年のアルバム『Casa de Morar』に収められた「Canção de Ninar para Dora」である。ギリェルミの単独作で、題名は「ドーラのための子守歌」を意味する。ヘナートの多彩なレパートリーのなかに、身近な人に向けて書かれたギリェルミの歌が置かれていたことは、二人の長い交流を伝えている。
ヘナートは後年、サンパウロ州議会での顕彰の席でも、この子守歌について語った。知人に録音を聴かせたところ、ドリ・カイミ(Dori Caymmi)の新曲なのかと尋ねられたというエピソードを紹介し、ギリェルミを優れた作曲家として称えている。この発言は、彼の作品が、日頃からブラジルの歌の豊かなレパートリーに接する歌い手の耳に、どのように届いていたかを物語る。
2018年5月にはアルバム『Pescador』を発表。全14曲、約47分の作品で、ブラジルとポルトガルで録音された。編曲にはフレッヂ・マルチンス、エヂソン・アルヴィス(Edson Alves)、ブルーノ・コンヂが関わり、いずれも演奏に参加している。歌を中心に、ギターや管楽器、打楽器などの響きを組み合わせたこの作品は、ギリェルミの創作と、それを支える音楽家たちの関係をまとまった形で知ることのできる一枚である。
収録曲には「Samba do Infinitivo」「Pra Vida Seguir」「Pro Sol Se Pôr」「Samba do Amigo」「Por Nada」「Vento com Chuva」「Xote do Hêra」、表題曲「Pescador」などが並ぶ。「Vento com Chuva」はフレッヂとの共作として公演資料にも紹介されており、二人の協働が、伴奏や編曲だけでなく、曲を生み出す段階から続いていたことがわかる。
『Pescador』で親密な創作のあり方を伝えるのが、娘のドーラ・ネヴェス(Dora Neves)との共作「E Se…」である。妹のエレーナ・ネヴェス(Helena Neves)も歌で参加した。家族との共同作業が、そのまま作品の一部になっている。また、エドソンとの共作による器楽曲「Dorinha e Lelê」では、ナイロール・プロヴェッタ(Nailor Proveta)のクラリネットと弦楽器が、歌声を伴わない旋律の魅力を浮かび上がらせる。diskunion-jazztokyo.blog.jp
2020年には『Afoxado』を発表した。2018年から2019年にかけて生まれた楽曲を中心に、2019年から2020年にブラジルとポルトガルで録音された作品で、ブルーノの作曲による「Deodorina」を除く楽曲の編曲をフレッヂが担当。前作から続く音楽的な関係のもと、イジェシャ、サンバ、ボサノヴァ、サンバ・ホッキなどのリズムを取り入れている。
全8曲には、表題曲のほか「Bossa do Adeus」「Não Me Toque」「Samba para 2001」「Quando Se Perde」「Mana」「Duetinho」を収録。「Mana」にはホランド・セメド(Rolando Semedo)とフレッヂが参加している。フレッヂの抑制された編曲とギリェルミの歌の相性を評価された。作品の魅力を、音数を重ねることだけに求めず、旋律と声が自然に届く響きに見いだされている。
2022年1月には、『Guilherme Neves 2008–2012』がデジタル配信された。全10曲で、「Baião da Menina」「Samba dos Vinténs」「Vera Lúcia」「Interlúdio」「Fim」「Be God」「Carta ao Léo」「Acalantinho」「Acalanto de Helena」「Bodas de Zinco」を収める。題名に掲げられた2008年から2012年という時期と、配信上の発売年である2022年は区別しておきたい。「Acalantinho」は、作詞家パウロ・セーザル・ピニェイロ(Paulo César Pinheiro)との共作であり、後年の公演でも取り上げられている。
2023年には、アルバム単位の発表に加えて、共演者を迎えたシングルを続けて送り出した。2月の「Pedra do Sal」には、ブルーノ、フレッヂ、ベーシストのピーター・メスキータ(Peter Mesquita)が参加。5月には、ジョイシ・テーハ(Joice Terra)、ピーター、アコーディオン奏者のトニーニョ・フェハグッチ(Toninho Ferragutti)を迎えた「Mira Mansa」を発表している。
ブルーノとの共作「Pedra do Sal」は、公演の題名にもなった。公演紹介では、サルヴァドールのイタプアンの海辺を思わせる風景と結びつけて説明されており、ギリェルミが育った土地への記憶を知る手がかりになる。2023年11月11日のセスキ・ピニェイロスでの公演では、ヘナートとこの曲を共演。公開された映像には、ギリェルミのギターに加え、ブレーノのピアノ、アレシャンドリ・ホドリゲス(Alexandre Rodrigues)の管楽器などによる演奏が記録されている。
2024年4月には、サンパウロのマリア・ドゥデ劇場でも「Pedra do Sal」を開催。ヘナートとブレーノをゲストに迎え、自身の歩みをたどる曲と、新しい共作「Nosso Amor e o Tempo」などを披露する構成だった。長年のレパートリーを振り返りながら、新作も同じステージに置く。その公演のあり方には、過去の作品を歌い続けることと、新たに書き続けることが自然につながっている。
同年10月1日には、作詞家ロベルト・ヂヂオ(Roberto Didio)との協働によるアルバム『Samba Tímido』を発表した。二人を結びつけたのはヘナートだった。ヂヂオによれば、ヘナートは何年にもわたって二人を引き合わせようとしており、実際の出会いが友情とアルバム制作へと発展したという。ギリェルミの旋律と歌を評価したヂヂオは、ギタリストのジョアン・カマレロ(João Camarero)を迎え、編曲と音楽監督を託した。
録音は2024年5月から6月にサンパウロで行われた。ヂヂオが芸術監督と音楽プロデュース、カマレロが編曲と音楽監督を担当。ベースのヴァネッサ・フェヘイラ(Vanessa Ferreira)、ドラムスと多彩な打楽器のマルクス・タデウ(Marcus Thadeu)が演奏を支えた。声とコーラスの録音、ミキシング、マスタリングにはマリオ・ジル(Mario Gil)が関わり、ジャケットのアートはドーラが手がけている。
作品の紹介文を寄せたジャーナリスト、音楽研究家のウーゴ・スクマン(Hugo Sukman)は、このアルバムの「シンプルさ」を、技巧や工夫の欠如としてではなく、旋律、和声、言葉、リズムが明晰に結びついていることとして捉えた。複雑な音楽的な仕掛けをもちながら、それを説明的に聴かせず、一曲の歌として自然に届ける。その指摘は、ギリェルミの音楽を理解するうえで重要である。なお、以下の各曲の読み解きは、スクマンの紹介文を踏まえたものである。
冒頭の「Zazie no Metrô de SP」は、レーモン・クノー(Raymond Queneau)の小説『地下鉄のザジ』と、ルイ・マル(Louis Malle)による映画を、現代のサンパウロへと移し替える発想から生まれた曲だ。映画映写機の音に続き、トニーニョのアコーディオンが響く。しかし、そこで繰り広げられるのはブラジルのショッチであり、ザジが歩くのはサンパウロの街である。文学と映画への遊び心が、都市の日常と北東部のダンス・リズムに結びついている。
表題曲「Samba Tímido」は、ボサノヴァを演奏すると同時に、ボサノヴァの歌い方そのものを題材にした作品である。歌詞にはジョアン・ジルベルトやチェット・ベイカー(Chet Baker)への参照があり、小さな声で歌うことを、自身の表現として引き受ける姿勢が描かれる。「内気なサンバ」という題名は、単なる控えめな性格の説明ではない。声の大きさとは別のところに、歌の強さと確かさを求める音楽観が込められている。
「Parece Jazz」も、音楽について音楽で語るという点で、表題曲とつながる。ジャズを思わせる旋律や和声の動きと、ジャズの音楽家たちに言及する詞が呼応する曲で、ヴァネッサの低音とタデウのドラムスがその足場をつくる。一方、「Contradisom」では、ブルース、バイアォン、サンバなどのリズムが、言葉遊びや造語に沿うように移り変わっていく。異なる土地や音楽の感覚を、自分のなかで行き来させてきたギリェルミの歩みと重ねて聴ける一曲である。
「Pedro e Naná」は、ブラジルの打楽器表現を広げたペドロ・“ソロンゴ”・ドス・サントス(Pedro “Sorongo” dos Santos)とナナ・ヴァスコンセロス(Naná Vasconcelos)へのオマージュ。ソロンゴやイジェシャのリズムに触れながら、二人の音楽家の記憶を歌へと織り込んでいる。この録音でヘナートは歌とビリンバウを担当した。
「Velha Flor」には、アフロ・ブラジルの信仰におけるオリシャ、ナナン(Nanã)への敬意が込められている。チンコアンス(Os Tincoãs)の「Cordeiro de Nanã」を思わせるギターの引用も、ブラジルの歌が受け継いできた宗教的な記憶を呼び起こす。終曲「São Damião, São Cosme」にも祈りの感覚が通うが、スクマンはこれらの曲を、信仰そのものの提示以上に、ブラジルの歌曲の伝統に根ざした表現として読み解いている。
このほか、都市的な感覚をもつサンバ「Roteiro de Miragem」、旋律と言葉の緻密な組み合わせを聴かせる「O Seguidor」、ブレーノが歌とピアノで参加した「Planos de Voo」を収録。「São Damião, São Cosme」にはエレーナ・ゴウヴェイア(Helena Gouveia)が歌で加わっている。ギリェルミとヂヂオの創作を中心に据えながら、共演者の個性によって、それぞれの曲の表情を描き分けた作品である。
『Samba Tímido』以後も、新たな共同制作は続いた。2025年4月25日には、ブレーノとの連名によるシングル「Nosso Amor e o Tempo」をガラパ・レコーズ(Garapa Records)から発表。前年の公演ですでに紹介されていた共作が、二人の録音作品として世に出たことになる。ステージで育てた歌を録音に残していく、その継続的な関係がここにも見える。
同年9月には、マルセロ・メネーゼス(Marcelo Menezes)との共作・共演シングル「Em Diamantina」を発表した。ショッチのリズムに乗せて、バイーアの土地の名や祭り、食べ物、恋の記憶を結びつけた曲である。マルセロは、二人ともリオデジャネイロ州に生まれ、サルヴァドールで暮らし、その後サンパウロを拠点にしたという共通点を語り、この作品を、長年の友情が音楽の共同作業へと深まった節目として紹介している。
「Em Diamantina」の編曲はウィリアム・ソウザ〈シェイキ〉(William Souza “Sheik”)。録音、ミキシング、マスタリングをマリオが担当した。『Samba Tímido』に続いて、ギリェルミの新しい歌を録音作品として形にする場に、マリオの名前がある。また、2025年のヘナートのアルバム『Canário do Reino — Uma Homenagem a Tim Maia』では、チン・マイア(Tim Maia)のレパートリー「O Descobridor dos Sete Mares」のコーラスに参加した。作品を歌ってもらう側にとどまらず、仲間の録音を自らの声で支える側にも回っている。
2026年3月3日には、アレシャンドリとの共作「Coração Brasêro」を発表。ヘナートに捧げるためにアレシャンドリが作曲し、ギリェルミが詞を書いた作品である。二人は歌と音楽プロデュースを担い、アレシャンドリはフルート群の演奏も担当。マリオが歌の録音、ミキシング、マスタリングを手がけた。ここでは、『Samba Tímido』で際立っていた旋律の書き手としての顔に加えて、他者の旋律に言葉を与える作詞家としてのギリェルミが見えてくる。
曲の発表に際し、ギリェルミは、ヘナートへの贈り物であると同時に、笛を奏でるアレシャンドリ自身へも向けて詞を書いたと説明している。友人を称える作品のなかに、もう一人の友人の姿を重ねる。その発想は、彼の創作が、共演者との具体的な関係や、互いの音楽への敬意から育っていることを伝えている。
そして2026年10月1日、フレッヂ、マリオ、ヘナートとともに、4人の連名によるアルバム『Caminhos Cruzados』をガラパ・レコーズから発表した。全10曲、約37分。これまでさまざまな作品や公演で交わってきた音楽家たちが、一枚のアルバムに集った。題名が意味する「交差する道」は、この4人の関係にもよく重なる。
同作では、ギリェルミとヘナートによる「Samba Tímido」、ピアニストのクリストヴァン・バストス(Cristovão Bastos)を迎えた二人の「Bodas de Zinco」、ギリェルミ名義の「Canto Fiado」などを収録。冒頭の表題曲や「Mais um Outono」には4人の名前が並び、後者にはアレシャンドリも参加している。自身のソロ作品にあった曲を仲間との共演へと開く一方、それぞれの歌い手が前に出る場も設けられた構成となっている。
2026年10月15日には、東京・ハクジュホールで開かれる〈ヘナート・ブラス&フレンズ〉に、ヴォーカル/ギターで出演予定。ヘナート、フレッヂ、マリオとともに、日本の聴き手に歌とギターを届ける。共演盤の発表と同じ月に行われるこの公演は、長年の音楽的なつながりを、生の声と演奏で確かめる機会となる。
家族との共作、故郷の風景を映した歌、先達へのオマージュ、作詞家との集中的な共同制作、そして友人たちと分かち合う録音とステージ。作品の内容と制作の過程をたどると、ギリェルミ・ネヴェスにとって、歌を書くことと人との関係を育てることが、深く結びついているのがわかる。ブラジルの歌の伝統を、自分の声、自分の言葉、いま共に音楽をつくる人々との時間へと結び直す。その積み重ねが、彼の作品世界を形づくっている。
