ヘナート・ブラス(Renato Braz) ストーリー|歌の記憶を、いま生きる声に

─ 公演概要 ─
🇯🇵<ヘナート・ブラス & フレンズ>
・ヘナート・ブラス(ヴォーカル/ギター/パーカッション)
・フレッヂ・マルチンス(ヴォーカル/ギター)
・ギリェルミ・ネヴィス(ヴォーカル/ギター)
・マリオ・ジル(ヴォーカル/ギター)

10月15日(木)
開演 19:00(開場 18:00)
ハクジュホール
〒151-0063 東京都渋谷区富ヶ谷1-37-5

チケット購入方法:
①チケットぴあ(Pコード 330-888)
https://w.pia.jp/t/renatobraz-friends/
②Toca de Aparecida(店頭にて)
https://linktr.ee/Toca_de_Aparecida
③木の家イベント(申込フォームより)
https://forms.gle/Md5aZ7RrtSmnG9JHA


ヘナート・ブラス(Renato Braz) ストーリー

 ヘナート・ブラス(Renato Braz)の歩みをたどると、ブラジルの歌がどれほど広い世界を抱えているかが見えてくる。北東部の土の匂いを残す旋律、サンバのしなやかなリズム、ボサノヴァの抑制された親密さ、内陸の暮らしを映す歌、そして詩人たちが言葉に託した愛や孤独。彼はそれらを、ひとつの声のもとに迎え入れてきた。澄んだ高音と柔らかな響きを持つその声は、ときに祈りのように静かでありながら、打楽器奏者として培った確かなリズム感にも支えられている。

 歌手であり、ギタリスト、パーカッショニスト、ドラマーでもある。しかし、その豊かな音楽性の中心にあるのは、まず歌を選び、言葉と旋律に自分の息を通わせる「解釈者」としての仕事だ。著名な作曲家の代表曲と、まだ広く知られていない同時代の佳曲を、彼は同じ丁寧さで取り上げる。録音作品を並べると、そこには音楽家としての成長とともに、誰の歌を信じ、何を次の時代へ手渡そうとしてきたのかが刻まれている。声の透明感や抑制の利いた歌唱は海外の批評でも評価されてきたが、その魅力を支えるのは、選曲から共演者との関係までを貫く、歌への深い信頼である。

 1967年10月13日、サンパウロ生まれ。生年には1968年とする資料もあるが、本人が2001年のインタビューで明言した日付は1967年10月13日だ。少年時代から身近にあったのは、母が好んだホベルト・カルロス(Roberto Carlos)と、父を通じて親しんだルイス・ゴンザーガ(Luiz Gonzaga)らの音楽だった。14、15歳ごろにドラムを始め、バンドの前面に立つことへの気恥ずかしさもあって、当初は叩きながら歌っていたという。

 この出発点は、後年の姿を考えるうえでも示唆的だ。歌声だけを独立したものとして磨くのではなく、拍の流れやほかの楽器の動きのなかで、歌う場所を見つけていく。彼の録音には、自らギターを弾き、さまざまな打楽器を受け持つ例が多い。歌い手と伴奏者の役割がひとりの身体のなかで結びついていることは、彼の音楽の大きな特徴である。

 活動の土台になったのは、サンパウロとその周辺のバーやライブハウスだった。人々が集まり、話し、耳を傾ける場所で演奏を重ねる一方、各地の音楽フェスティバルにも参加。ルイス・メロヂア(Luiz Melodia)、アントニオ・ノブレガ(Antônio Nóbrega)、ネイ・マトグロッソ(Ney Matogrosso)らとの共演を通じて、表現の場を広げていった。

 その過程で出会ったギタリスト兼作曲家のマリオ・ジル(Mário Gil)は、長い音楽人生をともに歩む重要な存在となる。マリオとの交流は、優れた作曲家たちの作品に触れる機会をもたらし、最初のアルバムへとつながった。ふたりの関係は、後に続く作品でも、楽曲提供、編曲、演奏、音楽監督と、さまざまな形で結実していく。

 1996年、アトラサォン・フォノグラフィカから発表した『Renato Braz』は、その後の方向をすでに鮮明に示していた。マリオと作詞家パウロ・セーザル・ピニェイロ(Paulo César Pinheiro)による「Anabela」、ゼカ・バレイロ(Zeca Baleiro)の「Bambayuque」、シコ・セザール(Chico César)の「Pagã」。さらに、ギンガ(Guinga)とアルヂール・ブランキ(Aldir Blanc)の「7 × 7」、ドリヴァル・カイミ(Dorival Caymmi)の「Retirantes」、ドリ・カイミ(Dori Caymmi)とパウロ・セーザル・ピニェイロの「Estrela da Terra」などが並ぶ。

 すでに広く親しまれた作者と、当時新たな存在感を示しつつあった作者を、同じアルバムに収める。その選曲には、伝統への敬意と同時代への好奇心がともにあった。「古い歌だから歌う」「新しい歌だから取り上げる」という区分よりも、自分の声で伝えたいものがそこにあるかどうか。その判断の積み重ねが、ヘナートのレパートリーを形づくっていく。

 このデビュー作では、エヂソン・ナターレ(Edson Natale)がプロデュースを担当し、ヘナートとマリオが多くの曲で編曲を分担した。ベースのシザォン・マシャード(Sizão Machado)、ピアノのラエルシオ・ヂ・フレイタス(Laércio de Freitas)、アコーディオンのトニーニョ・フェハグッチ(Toninho Ferragutti)らが参加。ドリ・カイミの「Porto」にはモニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)が歌で加わった。ヘナート自身もギターや打楽器を演奏しており、この一枚は、歌手としての名刺であると同時に、合奏を内側から組み立てる音楽家としての自己紹介でもあった。

 作品はシャープ賞の新人部門へのノミネートにつながった。ここは、しばしば「受賞」と紹介されることがあるが、確認できる経歴資料ではノミネートである。デビューの段階から評価を得ていたことは確かだが、その後のビザ賞受賞とは区別しておきたい。

 1998年の第2作『História Antiga』では、ドリ・カイミとの関係がさらに深まる。ドリは編曲とギターで参加し、パウロ・セーザル・ピニェイロとの共作「Flor da Bahia」と表題曲を提供した。そこに、トム・ジョビン(Tom Jobim)とヴィニシウス・ヂ・モライス(Vinicius de Moraes)の「Chora Coração」「Eu Não Existo sem Você」、シコ・ブアルキ(Chico Buarque)の「Sentimental」、エドゥ・ロボ(Edu Lobo)とシコの「Na Ilha de Lia, no Barco de Rosa」、マリオの「Luz do Cais」などが置かれている。

 北東部の歌の世界に通じるゼー・ダンタス(Zé Dantas)の「Acauã」から、精緻な和声と詩的な言葉を持つ都市の歌曲まで、選曲の幅は広い。しかし、それらを別々のジャンルの見本として扱っているわけではない。ひとつの声で歌うことで、土地や世代を隔てた作品のあいだに、共通する寂しさや憧れ、ぬくもりを見いだしていく。ヘナートのディスコグラフィーに一貫する、そのような聴き方への誘いが、この第2作にもある。

 同じ1998年には、エドゥアルド・グヂン(Eduardo Gudin)の『Notícias dum Brasil – Pra Tirar o Chapéu』にも参加した。ソロ作品を育てながら、ほかの作曲家の世界を歌う集団的な仕事にも関わる。この往復は、以後の活動においても途切れない。

 続く『Outro Quilombo』は、詩とリズムへの関心をいっそう豊かにした作品である。音盤資料では2001年、いくつかの経歴や発売告知では2002年とされるため、2001~2002年の作品として捉えるのが慎重だ。マリオとパウロ・セーザル・ピニェイロによる表題曲に加え、ウィルソン・モレイラ(Wilson Moreira)の「Okolofé」、カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)の「Quero Ficar com Você」、ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)の「Casinha Feliz」などを収めた。

 このアルバムの広がりをよく示すのが、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソア(Fernando Pessoa)の言葉との出会いである。「Segue o Teu Destino」は、ペソアの異名であるヒカルド・レイス(Ricardo Reis)の詩にスエリ・コスタ(Sueli Costa)が曲を付けたもの。「Na Ribeira Desse Rio」では、ペソアの詩に曲を付けたドリ・カイミ自身が、歌とギターで参加した。詩人の思索と、ブラジルの作曲家による旋律が、ヘナートの声を通じてひと続きになる。

 さらに、ジャック・ブレル(Jacques Brel)によるフランス語版の「Dulcinea」や、国際的な労働運動の歌「インターナショナル(L’Internationale)」も取り上げた。言語や国境を越える関心は、後年の海外活動によって突然加わったものではない。早い段階から、彼の選曲そのものに含まれていたのである。

 2002年7月19日、ヘナートは第5回ビザMPB賞のヴォーカル部門で大きな転機を迎えた。最終審査で、公式審査員による第1位と聴衆賞の双方を獲得したのである。翌日の報道によれば、審査員賞の副賞は10万レアルとエルドラード・レーベルでの録音契約だった。これは『Outro Quilombo』というアルバム自体に授与された賞ではなく、歌手としてコンクールを勝ち抜いた結果である。専門家と聴衆の双方に届いたという点で、彼の歩みのなかでも意味の大きい受賞だった。

 その成果として同年に制作された第4作が『Quixote』である。ジェラルド・ヴァンドレ(Geraldo Vandré)とテオ・ヂ・バホス(Theo de Barros)の「Disparada」、マウロ・ドゥアルテ(Mauro Duarte)とパウロ・セーザル・ピニェイロの「Canto das Três Raças」、シコ・ブアルキの「O Velho Francisco」、マリオの「Comunhão」などを収録。ブラジルの歴史や人々の暮らしを背負った歌と、個人の胸の内に寄り添う歌とが、ともに置かれている。

 冒頭では、エイトル・ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos)の「O Trenzinho do Caipira」と、ドリ・カイミの「Desenredo」が結びつけられる。前者の歌唱にはフェレイラ・グラール(Ferreira Gullar)の詩が関わり、音盤資料にはエドゥ・ロボによるアダプテーションも記されている。また、「Disparada」には作者のテオがギターで参加した。過去の名曲を受け継ぐことと、その作者たちと現在の音を作ることが、同じ作品のなかで結びついている。

 2003年にはリオデジャネイロで『Quixote』の発売記念公演を行い、クララ・ヌネス(Clara Nunes)へのトリビュート『Um Ser de Luz – Saudação a Clara Nunes』にも参加。「Menino Deus」と「Nação」を歌った。サンバに刻まれた文化的な記憶を、次の世代の声として担う仕事でもあった。また、作詞家クリスチーナ・サライヴァ(Cristina Saraiva)の『Só Canção』にも録音を残し、作曲家だけでなく、歌の言葉を生み出す人々とのつながりも広げていく。


 2006年には、ジャン・ガルファンケル(Jean Garfunkel)とパウロ・ガルファンケル(Paulo Garfunkel)の兄弟の作品を集めた『Por Toda a Vida – As Canções de Jean e Paulo Garfunkel』を、ビスコイト・フィーノから発表した。「As Águas Sempre Vão」「Aconteceu de Eu Me Esquecer」「Contumaz」「Flor do Trovão」「Menino Quieto」などを通して、特定の作者の歌の世界を、一枚のアルバムとして丁寧に掘り下げている。

「Soldadinho de Chumbo」にはモニカ・サウマーゾが参加し、「Calcanhar de Aquiles」ではバンダ・マンチケイラ(Banda Mantiqueira)が加わった。ドリ・カイミもギターと一部の編曲を担当している。身近な作家の歌を、優れた演奏家たちとの共同作業によって、より遠くへ届ける。この作品は、ヘナートにとって録音とは何かを端的に示している。作者と歌い手、編曲者と演奏者が、それぞれの持ち味を持ち寄る場所なのである。

 2010年の『Papo de Passarim』では、ヴォーカル・グループ、ボカ・リヴリ(Boca Livre)のメンバーとしても知られるゼー・ヘナート(Zé Renato)と共演した。サンパウロのテアトロ・フェカップで収録されたこのライヴ作品では、ふたりが歌、ギター、パーカッション、音楽監督を分担し、シザォン・マシャードがベースで加わる。

 ゼー・ヘナートとミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)の「Ponto de Encontro」や「Anima」、ゼーとシコ・シャヴィス(Xico Chaves)の表題曲、ドリ・カイミとパウロ・セーザル・ピニェイロの「Desenredo」「Rio Amazonas」などを収録した。ジョアン・ボスコ(João Bosco)とアルヂール・ブランキの作品、エラ・オファリル(Ela O’Farrill)の「Adiós Felicidad」も歌われる。ブラジルの歌からスペイン語の歌へと自然に移っていくその構成は、ふたりが共有する音楽的な親しさをよく物語っている。

 声を合わせる仕事では、相手の歌う速度や息の長さに耳を澄ませることが欠かせない。『Papo de Passarim』は、ヘナートの活動を貫く「共演」の意味を考えるうえでも大切な一枚だ。優れた歌い手を集めるだけでは生まれない、互いの声の置き場所を見つけていく音楽。そのための経験を、彼は小さな店の舞台から積み重ねてきた。

 2012年のソロ作『Casa de Morar』は、17曲を収めた充実作となった。本人とマリオが音楽面を支え、ドリ・カイミ、テオ・ヂ・バホス、ジルベルト・ジルらの作品に加え、同時代の作家の歌を幅広く取り上げている。「住む家」を意味する表題は、さまざまな歌に居場所を与えてきた彼の歩みと、不思議なほどよく響き合う。

 表題曲と「Santa Clara」は、クラウヂオ・ヌッチ(Claudio Nucci)とカカーゾ(Cacaso)の共作。「Durango Kid」はトニーニョ・オルタ(Toninho Horta)とフェルナンド・ブラント(Fernando Brant)、「O Primeiro Fole」はマルセロ・ジェネシ(Marcelo Jeneci)とジョゼー・ミゲル・ウィズニッキ(José Miguel Wisnik)、「Por um Fio」はフレッド・マルチンス(Fred Martins)とマルセロ・ヂニス(Marcelo Diniz)による。「Relento」ではシモーニ・ギマランイス(Simone Guimarães)とクリスチーナ・サライヴァ、「Trentina」ではセルソ・アドルフォ(Celso Adolfo)の作品に声を与えた。

 ギリェルミ・ネヴェス(Guilherme Neves)の「Canção de Ninar para Dora」も、このアルバムの一曲である。著名な作者の作品と並んで、こうした歌が置かれていることに、ヘナートの選曲の姿勢が表れる。作者の知名度を基準にするのではなく、旋律と言葉に耳を傾け、その歌が持つ力を信じて録音する。『Casa de Morar』は、ブラジルの歌の豊かさを、すでに確立された名曲の外側にも探し続ける作品だった。

 同年には、クラウヂア・ブランダォン(Cláudia Brandão)とマルシオ・ボルジェス(Márcio Borges)が構想・演出した音楽舞台『Semente』にも出演した。クラウヂオ・ヌッチ、ボカ・リーヴリ、コブラ・コラル(Cobra Coral)らとともに参加し、ミナス・ジェライス交響楽団や舞踊、合唱を含む舞台に歌声を重ねた。親密な小編成の音楽を得意としながら、より大きな舞台のなかでも、その声の役割を広げていたのである。

 クラシック音楽との接点では、パウ・ブラジル(Pau Brasil)、弦楽四重奏のアンサンブルSP(Ensemble SP)と共演した『Villa-Lobos Superstar』も挙げられる。2012年の時点で発売・公演の記録が確認できるこの企画は、ヴィラ=ロボスの作品を、ブラジルの器楽奏者たちの編曲と合奏によって読み直すものだった。ヘナートの活動範囲は、いわゆるポピュラー音楽の内側だけでは捉えきれない。ブラジルの歌に親しんできた声が、作曲された室内楽の世界とも出会っている。

 2014年には、管楽器奏者ナイロール・プロヴェッタ(Nailor Proveta)、ギタリストのエドソン・アルヴェス(Edson Alves)と『Silêncio – Um Tributo a João Gilberto』を発表した。ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)に捧げられたこの作品では、声、ギター、クラリネットやサックスという編成が、歌の細部を近くに引き寄せる。

『Silêncio』、すなわち「静寂」という題名も象徴的である。少ない音のなかでは、発音の仕方、音を置く位置、ひと息の長さが音楽の表情を左右する。この作品をヘナートの歩みのなかに置くと、彼の表現が、豊かな声量だけでなく、聴き手を耳の細部へ導く親密さにも支えられていることが見えてくる。同作は2014年12月に日本盤も発売され、日本のブラジル音楽ファンが彼の声に触れる入口のひとつとなった。

 海外での活動において重要なのは、アメリカのサックス奏者ポール・ウィンター(Paul Winter)との長い協働である。ウィンターがヘナートの録音に出会ったのは2004年。やがて共演と録音が積み重なり、2015年には、ウィンターとディクソン・ヴァン・ウィンクル(Dixon Van Winkle)のプロデュースによる『Saudade』が、リヴィング・ミュージックから発表された。米国市場に向けたヘナートのアルバムとして紹介された作品である。[^17]

 参加したのは、ポール・ウィンター・コンソート(Paul Winter Consort)、ドリ・カイミ、イヴァン・リンス(Ivan Lins)、ドミトリー・ポクロフスキー・アンサンブル(Dmitri Pokrovsky Ensemble)など。「Anabela」「Bambayuque」「Disparada」「Desenredo」といった、それまでの歩みのなかで大切にしてきた歌も、新たな共演者たちとともに録音された。

 この選曲は、海外へ向かう際にも、自分の音楽の核を携えていったことを示している。すでに歌い続けてきた曲が、異なる楽器や声との出会いによって、別の奥行きを持つ。「サウダーヂ」という、失われたものや遠くにあるものへの思慕を含む言葉のもと、ヘナートの歌はブラジルの外の聴き手へも開かれていった。

 同じ2015年には、ギター四重奏団マオガニ(Maogani)との『Canela』を発表している。2013年9月にペルーのリマで録音されたこの作品は、ラテンアメリカ各地の音楽に向き合ったものだ。チリのビオレータ・パラ(Violeta Parra)の「La Jardinera」、アルゼンチンのホルヘ・ファンデルモーレ(Jorge Fandermole)の「Oración al Remanso」、アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)とフェルナンド・ソラナス(Fernando Solanas)の「Vuelvo al Sur」などが収められている。

 ベネズエラのホローポ、キューバのボレロ、ペルーのフェステホ、アルゼンチンのタンゴ。ブラジルの歌と、それに隣り合う大陸の歌とを、ギターの響きが結びつけていく。スペイン語のレパートリーも歌うヘナートの姿からは、国境を越えて歌の背景にある感情や暮らしに近づこうとする関心がうかがえる。

 2016年の『Mar Aberto』では、マリオ・ジル、ブレーノ・フイス(Breno Ruiz)、ホベルト・レオン(Roberto Leão)と共作。サンパウロのイビラプエラ・オーディトリアムで発売記念公演を行った。多くの歌を受け取ってきた仲間たちと、ひとつの作品を作るこの企画にも、ヘナートの音楽が人との継続的な関係のなかで育ってきたことが表れている。

 2017年には、性格の異なるふたつの重要作が加わる。ひとつは、テオ・ヂ・バホスとの『Tatanagüê』。長年歌ってきた「Disparada」の作者との関係が、まとまった共同作品として実を結んだ。このアルバムは翌2018年、第29回ブラジル音楽賞の特別企画アルバム部門を受賞した。

 もうひとつは、ジュサーラ・シルヴェイラ(Jussara Silveira)とともに、ガル・コスタ(Gal Costa)に捧げた『Fruta Gogoia – Uma Homenagem a Gal Costa』である。ドリ・カイミが音楽監督と編曲を担当し、ガルのレパートリーから18曲を選んだ。カエターノの「Baby」「Tigresa」「Força Estranha」、シコの「Folhetim」、ドリヴァル・カイミの「Só Louco」など、ひとりの歌手の声を通じて広く親しまれてきた作品に、ふたりの歌い手が向き合っている。

 ガルへの敬意は、声を似せることによって示されるものではない。彼女が歌に与えた豊かさを受け止め、その先に、自分たちの声で歌える場所を見つける。レーベルの紹介も、ガルによる名唱を踏まえたうえで別の歌唱を届ける企画として説明している。ここでもドリとの長い信頼関係が、異なる世代の歌を結ぶ役割を果たした。[^22]

 2018年の『Canto Guerreiro – Levantados do Chão』は、その題名が示すとおり、彼の音楽にある社会へのまなざしを前面に出した作品となった。シコ・ブアルキとミルトン・ナシメントによる「Levantados do Chão」、ルシアーナ・ハベーロ(Luciana Rabello)とパウロ・セーザル・ピニェイロの「Canto Guerreiro」、シコとジルベルト・ジルの「Cálice」などを収録する。

 シコ、ミルトン、ジルをはじめ、ミウシャ(Miúcha)、ギンガ、ドリ、グヂン、ウィンターらが参加。さらに、フィト・パエス(Fito Páez)の「Un Vestido y un Amor」やブレルの歌も取り上げた。異なる言語の歌と、ブラジル社会の経験に深く結びついた歌が、同じ作品のなかで響き合う。

 ここで立ち上がるのは、抵抗や連帯を、歌の美しさとともに伝えようとする姿勢である。『Outro Quilombo』以来の選曲を振り返れば、この関心には長い蓄積がある。愛を歌う声と、人の尊厳を歌う声は、彼のレパートリーのなかで隣り合ってきた。『Canto Guerreiro』は、そのつながりを、ひとつの作品として強く示したものといえる。

 日本との縁も続いている。2008年にはポール・ウィンターのグループの一員として来日。2025年5月にも日本ツアーが行われた。また、2018年にはサンパウロの国際交流基金による日本とブラジルの音楽交流を扱う催しに参加し、「荒城の月」などを取り上げている。日本は公演先であると同時に、彼が歌を通じて関心を寄せてきた文化のひとつでもある。

 2024年9月6日には、サンパウロ州議会から「立法功労名誉章(Colar de Honra ao Mérito Legislativo)」を授与された。議会の公式記録は、長年の活動が公的な顕彰の対象となったことを伝えている。ただし、その歩みは、受賞歴だけで測れるものではない。小さな舞台で歌うこと、仲間の作品に参加すること、作曲家から預かった歌を録音に残すこと。そうした日々の仕事の厚みが、彼の経歴の実質をなしている。

 近年の活動も、その延長上にある。2025年には、作詞家カピナン(Capinan)の作品を取り上げた『Sessões Selo Sesc #14: Cancioneiro Geral – Tributo a Capinan』が配信された。2024年にサンパウロのセスキ24ヂ・マイオで行われた公演をもとにしたもので、ヘナートが中心となり、カピナン本人やジャルズ・マカレー(Jards Macalé)らも参加した。長い年月を経て歌い継がれる言葉に、現在の演奏で向き合う仕事である。

 同じ2025年の『Canário do Reino – Uma Homenagem a Tim Maia』では、少年時代からの憧れであるチン・マイア(Tim Maia)に向き合った。ヘナートはすでに2001年のインタビューで、チンから歌い方やドラムを学び、初期の夜の演奏でもその曲を歌っていたと語っている。成熟した歌い手となってからのこの企画は、自身の出発点へ立ち返る意味も持っていた。

 本人とマリオ・ジルが制作を担った15曲入りの作品は、チンの音楽をソウルやファンクだけに限定せず、彼が歌ってきた幅広いレパートリーを見渡している。よく知られた曲とともに「Over Again」のような録音を掘り起こし、ボサノヴァに通じる曲にも光を当てた。クリストヴァン・バストス(Cristovão Bastos)、アウレア・マルチンス(Áurea Martins)、詩人アウグスト・ヂ・カンポス(Augusto de Campos)らが参加し、ナナ・カイミ(Nana Caymmi)との共演も収めている。下院のラジオ番組は、そのナナとの録音を、彼女の最後の録音として紹介した。

 ジョアン・ドナート(João Donato)とカエターノの「A Rã」、ジョニー・アルフ(Johnny Alf)の「Eu e a Brisa」、そしてチンの代表曲につながるレパートリーを並べることで、この作品は、チン自身が優れた歌の選び手でもあったことを浮かび上がらせる。ヘナートが敬愛する歌手を取り上げるとき、その敬意は、声の特徴を再現することよりも、その人が歌に何を見いだしていたのかを探る方向へ向かう。『Canário do Reino』にも、その姿勢がよく表れている。

 2026年には、セスキのレーベルによるヴァヂコ(Vadico)の作品集にも参加した。ヴィニシウス・ヂ・モライスとの共作「Sempre a Esperar」を、サンパウロ大学コミュニケーション・芸術学部室内管弦楽団(OCAM)などとの演奏で録音している。資料調査を通じて作曲家の幅広い仕事を再発見する企画に、ヘナートの声が招かれた。デビューから30年を迎える時期にも、歌の記憶に新しい息を吹き込む仕事を続けているのである。

 これまでの作品をたどって浮かび上がるのは、ブラジル音楽をひとつの様式に閉じ込めない歌い手の姿だ。サンバにも、北東部の歌にも、詩から生まれた歌曲にも、それぞれの呼吸がある。ヘナートは、その違いを受け止めながら、自分の声でひとつずつ歌ってきた。ギター一本で向き合うときも、管弦楽や合唱と共演するときも、選ばれた一曲が中心にある。

 彼のディスコグラフィーは、歌い手自身の肖像であると同時に、作曲家、作詞家、演奏家たちの出会いの記録でもある。同じ名前が何度も現れるのは、関係が繰り返し育て直されてきたからだ。そして、その輪のなかには、新しい作者や、別の土地から来た歌が迎え入れられる。

 ヘナート・ブラスは、そうしてブラジルの歌を現在へと運んできた。昔からある歌には、いま歌われることで初めて届く響きがある。まだ知られていない歌には、ひとりの歌い手に選ばれることで始まる旅がある。彼の声は、その両方に静かに場所を与えている。


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