MPB巨匠ジョアン・ボスコ新作『Amigos Novos e Antigos』
ブラジル音楽/MPBの巨匠、ジョアン・ボスコ(João Bosco)が新作『Amigos Novos e Antigos』をリリースした。80歳を記念するスタジオ録音盤で、彼の過去の名曲の新たなアレンジと録音を軸に、半世紀前のアルバム『Essa É a Sua Vida』に収められていた楽曲をアルバムタイトルとした「新しい友と古い友」を象徴するように、同世代であるカエターノ・ヴェローゾやシコ・ブアルキ、さらに彼らの遺産を継承した新世代であるジョタ・ペーやシウヴァといったアーティストをゲストに招き、彼の長いキャリアを総括する素晴らしい作品に仕上がっている。
全17曲1に選ばれたのは、1970年代から2010年代までに書かれたジョアン・ボスコの代表的な楽曲だ。ジョアンとトロンボーン奏者/アレンジャーのハファエル・ホーシャ(Rafael Rocha)が共同で音楽プロデュースとアレンジを手がけ、原曲を丁寧にアレンジし曲ごとに編成を変えながら、半世紀にわたって歌われてきたレパートリーを現在のサウンドで再演している。
1976年の『Galos de Briga』に収録されていた(2)「Incompatibilidade de Gênios」には、シコ・ブアルキ(Chico Buarque)と、キューバ出身のピアニストゴンサロ・ルバルカバ(Gonzalo Rubalcaba)が参加。ジョアンのギターとルバルカバのピアノが互いのリズムに入り込み、原曲とはずいぶんと違う音風景をつくる。特にサンバを基調としたリズムに対してルバルカバのピアノは完全にキューバ風のニュアンスで、バッキングもソロも新鮮で面白い。
(3)「Nação」では、現代ブラジル音楽の最重要人物のひとりである10弦バンドリン奏者アミルトン・ヂ・オランダ(Hamilton de Holanda)が参加。器楽曲として、イントロからしばらく縦横無尽に弾きまくるアミルトンを、ジョアン・ボスコは高速バチーダのギターでサポート。中盤からようやく歌が始まるという構成が楽しい。
今作は単に世代の異なる人気音楽家を集めた作品ではない。(5)「Casa de Marimbondo」でピアノを弾くセザル・カマルゴ・マリアーノ(Cesar Camargo Mariano)は、この曲が収録された『Caça à Raposa』(1975年)にもアレンジャー/鍵盤奏者として参加していたので、約半世紀を経て同じ曲を再びジョアンと録音したことになる。昔を懐かしむような叙情的なピアノのイントロから、昔とほとんど変わらない若く瑞々しい感性でサンバを紡ぐ。
タイトル曲(6)「Amigos Novos e Antigos」は、ジョアンと盟友の作詞家アルヂール・ブランキ(Aldir Blanc)が1974年に書き、ジョアン自身も『Essa É a Sua Vida』(1981年)で録音した曲だ。今回は“新しい友”である1999年生まれのブルーナ・ブラッキ(Bruna Black)と1988年生まれのメストリーニョ(Mestrinho)が加わる。
若い世代との演奏では(8)「Jade」がいい。1989年のアルバム『Bosco』に収録されたジョアン単独作で、もともと独特な異国情緒/AOR的ムードのあった、私個人も大好きな曲だ。今作ではジョタ・ペー(Jota.Pê)と、イスラエル出身でブラジル音楽に造詣の深いクラリネット奏者アナット・コーエン(Anat Cohen)が参加している。ジョアンの曲に以前から感じられた中東音楽を思わせる雰囲気とクラリネットの音色がよく馴染む。ほかにも(9)「Perfeição」にはチアゴ・イオルク(Tiago Iorc)、(16)「Papel Machê」にはシウヴァ(Silva)が参加し、それぞれ原曲とは異なる表情を引き出している。
なかでも美しいのが(14)「Memória da Pele」だ。ジョアンとワリー・サロモン(Waly Salomão)が書き、1989年にはマリア・ベターニア(Maria Bethânia)が同名アルバムのタイトル曲として録音した。ここでは中堅歌手ヴァネッサ・モレーノ(Vanessa Moreno)と重鎮ジャキス・モレレンバウム(Jaques Morelenbaum)を迎え、歌とギター、チェロを中心とした編成で聴かせる。ヴァネッサの柔らかな声とモレレンバウムのチェロが、ジョアンの歌とギターの周囲に静かな余白をつくる。大掛かりな編曲を必要としない楽曲自体の強さがよく分かる演奏だ。
そして、この作品について書くならやはりアルヂール・ブランキの存在は外せない。
(2)「Incompatibilidade de Gênios」、(5)「Casa de Marimbondo」、(10)「Boca de Sapo」、(11)「Siri Recheado e o Cacete」、(12)「Kid Cavaquinho」そして(15)「O Bêbado e a Equilibrista」など、収録曲の多くがジョアンとアルヂールの共作である。二人は1970年代から長い時間をかけて、サンバのリズムと言葉を高度に結びつけた独自のレパートリーを築いてきた。アルヂールは2020年に亡くなっているが、本作を聴いていると、ゲストとして名前を連ねる誰よりも彼の存在が大きく感じられる瞬間がある。
その代表が邦題「酔っ払いと綱渡り芸人」で知られるブラジル音楽史上屈指の名曲、(15)「O Bêbado e a Equilibrista」だろう。1979年に歌手エリス・ヘジーナ(Elis Regina)が歌い、軍事独裁政権下のブラジルで政治亡命者の帰国を求めた恩赦運動と結びついた曲として広く知られるようになったジョアン・ボスコの代表曲だ。今回ジョアンと歌うのは、エリスとセザル・カマルゴ・マリアーノの息子ペドロ・マリアーノ(Pedro Mariano)と、その娘ハファ・マリアーノ(Rafa Mariano)。エリス本人の声を再現するのではなく、彼女が歌った曲をその子と孫がジョアンと歌うという、これ以上ない完璧な演出だ。ほんとに、素晴らしい曲は何百回聴いても素晴らしい。
アランフェス協奏曲の第2楽章をイントロに配置した9分半近い(17)「Corsário」も、本作のハイライトのひとつ。オーケストラによる長い器楽的な導入からジョアンによる詩の朗読へ進み、やがてブラジルを代表する歌手/女優イヴェッチ・サンガロ(Ivete Sangalo)の歌が現れる。
ジョアン・ボスコの曲は、MPBの全盛期を彩ったから古典になったわけではない。ブラジル国内だけでなく、日本を含む世界中で彼の音楽は愛され、何度も繰り返し演奏されてきた。それらの楽曲が、作者本人と彼の“新しい友、古い友”の共演によって2026年現在に息づく音楽として蘇る。ゴンサロ・ルバルカバやアナット・コーエンの参加も、ジョアン・ボスコが真にグローバルな音楽家であることの揺るぎない証明だ。
João Bosco – vocals, guitar
Ricardo Silveira – electric guitar, steel-string acoustic guitar
Guto Wirtti – bass
Armando Marçal – percussion
Jurim Moreira – drums
Kiko Freitas – drums
Rafael Rocha – trombone, horn & string arrangements
Jessé Sadoc – trumpet
Marcelo Martins – saxophone
Guests :
Martinho da Vila – vocals (1, 18)
Chico Buarque – vocals (2)
Gonzalo Rubalcaba – piano (2)
Hamilton de Holanda – 10-string bandolim (3)
Cesar Camargo Mariano – keyboards (5)
Bruna Black – vocals (6)
Mestrinho – vocals (6), accordion (13)
Caetano Veloso – vocals (7)
Jota.Pê – vocals (8)
Anat Cohen – clarinet (8)
Tiago Iorc – vocals (9)
Zeca Pagodinho – vocals (11)
Mart’nália – vocals (12)
Vanessa Moreno – vocals (14)
Jaques Morelenbaum – cello (14)
Pedro Mariano – vocals (15)
Rafa Mariano – vocals (15)
Silva – vocals (16)
Ivete Sangalo – vocals (17)
- 「Odilê, Odilá」がオープニングとエンディングに収録されているため、トラック数は18。 ↩︎