オダギリジョー監督映画『ある船頭の話』の“音楽担当”が衝撃的だった話
2019年9月公開予定のオダギリ・ジョー初監督作品『ある船頭の話』が、ヴェネチア国際映画祭のベニス・デイズ部門に正式出品されることになったらしい。
ベニス・デイズ部門は革新性や探求心、オリジナリティ、インディペンデント精神など作家性を重視した指針で選出される部門で、長編日本映画としてはこのオダギリ監督作が史上初の選出という快挙だ。
この国際的にも注目されるであろう映画に胸躍らせているのは、何もオダギリや映像監督のクリストファー・ドイル、衣装のワダエミらのファンだけではない。
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『ある船頭の話』制作発表でこの名が出たときには、私も目を疑った。
音楽担当、ティグラン・ハマシアン。
同世代の世界的な音楽家たちから注目を浴びる、現代ジャズシーンのトップランナーだ。まさにミュージシャン・オブ・ミュージシャンズ。
ティグラン・ハマシアンにとっても、映画音楽の担当は初めてのことだという。
どういう風の吹き回しか知らないが、日本を代表する俳優として知られるオダギリ・ジョーは、最古のキリスト教文化を誇る南コーカサスの人口300万人程度の国アルメニア出身のティグラン・ハマシアンという音楽家を自身の作品を印象付ける要である“音楽担当”に選んだのだ。
ティグラン・ハマシアンについてよく知らない人のために、5年ほど前に彼の音楽に出会って以来、心酔している私が少しでも解説しておきたいと思う。
多彩な音楽的バックボーンから紡ぎ出す、まだ誰も聴いたことのない音楽
ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan, 1987年7月17日 – )は、東欧の国アルメニア出身のジャズピアニストだ。2006年、セロニアス・モンク・ジャズ・コンペティションで優勝し一躍脚光を浴びた。
簡単にいえば、ジャズピアニストとして“超上手い”というお墨付きが19歳にして与えられたピアニストだ。
…などと紹介すると、イケ好かないエリートかよ、と思われそうだが、ティグランについては決してそうではないと断言する。
なぜなら彼は、世界に他に類を見ない音楽家だからだ。
ティグラン・ハマシアンが日本でブレイクするきっかけとなったのが今回紹介する2013年の『Shadow Theater』だ。
このアルバムの1曲目「The Poet」で、ティグランは自身を形作るさまざまな音楽の要素──ジャズはもちろん、アルメニアの伝統音楽、クラシック音楽、さらにはプログレッシヴ・ロックやメタルといった様々な音楽──を、多くのリスナーがもっとも馴染みやすい「歌」という形で落とし込んで見せた。
ぜひこの「The Poet(詩人)」と題された曲のミュージックヴィデオを観てもらいたい。
これが、ティグラン・ハマシアンの音楽のごく一部でもあり、総括でもある。
音楽ファンを魅了し続けるティグランの探求心
巷に溢れる音楽は、そのほとんどが“どこかで聴いたような音楽だな”、“またこのパターンか”と思わせられるようなものばかりだ。
そんな中で出会ったティグランの音楽は本当に衝撃だった。
そしてそんな音楽家が、アルメニアという他にどんなアーティストがいるのか全く知らない国から登場してきたのも嬉しかった。
いや、もちろんティグランだって十二平均律や既存の西洋音楽の楽器といった制約の中での音楽なのだが、その使い古されたフォーマットの中でこれだけ斬新な表現を届けてくれるのだから、その才能は驚嘆すべきものだと思う。
ティグランはこの作品の後も、アルメニアの伝統音楽や宗教音楽をより深く探求し、わずか88鍵の西洋の鍵盤打楽器・ピアノを通して私たちがまだまだ知らない音楽の世界を精力的に届けてくれている。
当サイトでもティグランの諸作は随時紹介していくつもりだ。